093 文化祭
文化祭当日。
今日は金曜日で、一般公開となるのは明日の土曜日だ。
僕たち三年生は合唱の予選が午後三時から行われ、決勝が一般公開となる明日行われる。
全部で十クラスあるけれど、予選を突破できるのは四クラスのみになっている。
すずにも合唱で僕が演奏することは伝えてあるし、ここは間違いなく予選を突破しないといけない。
とは言えそれまではフリーの時間帯だ。
もう当日になってしまったからには練習は行えない。
今は文化祭と楽しむしかないわけだ。
「どこから見る?」
文化祭の開会宣言が校内放送で響いてきたあと、僕の周りに集まったメンバーのうち、黒川が出店一覧のプリントを差し出しながら僕たちを見回す。
「何か食べに行こうよ」
見た目通りに食欲が優先されたのだろうか、冴島が真っ先に意見を出す。
珍しくそれに追従したのが霧島だ。
「うん。……甘い物食べたいかな」
「いいね! じゃあそうしようか!」
そして僕と早霧の意見を聞かずに決めてしまう黒川。やっぱり甘いものには勝てないのか。
「まぁいいんじゃね?」
早霧も特に反対意見はないようだ。僕も特に反対というわけでもないので皆に同意して頷くと、黒川の差し出しているプリントへと目を落とす。
「えーっと……、甘い物は……」
指でプリントをなぞりながら甘いものが食べられるお店を探す。
が、せっかく見ていたプリントが引っ込められると、黒川は霧島と二人だけで相談を始めた。
スイーツとなるとやっぱり女性陣が強いのだろう。
「銀杏並木のところから、昇降口の前あたりに集まってるみたいね」
「じゃあそこから行ってみようか。黒塚っち?」
回る順番まで決めた黒川が顔を上げて僕に告げた。
「あ……、先輩!」
お昼を過ぎてからは五人で校舎内の展示や出し物を見て回っていた。
二年生のエリアである二階を堪能していたところ、執事服姿の……女の子? に声を掛けられた。
僕たちを見つけた彼女がこちらに駆け寄ってくると、元気にあいさつをしてくれる。
「こんにちは! お久しぶりです」
「あ、こんにちは。……えーっと」
教室の方へと目を向けると、二年四組の教室前に『メイド執事喫茶』の張り紙と、その内容に合ったイラストが張り付けてあった。
……もしかして女の子が執事服姿ってことは、メイドの格好をしてるのは男だったりするのかな。
恐ろしい想像をしつつも、視線を戻した目の前の女の子が誰なのか思い出した。
体育祭で同じダンス班になった二年生三人組の一人だ。
「確か沢渡さん……だったかな」
思い出した僕よりも早く、冴島が彼女の名前を呼ぶけれど、その表情には苦笑が混じっている。
「はい!」
そういえば三人組の一人である水沢さんには告白されたんだよね……。
夏休みが明けてから今まで会うことがなかったけれど、やっぱりきちんと伝えないといけないよね……。
ずっとそれが心の隅っこで引っかかっていたのだ。
でもなんて言えば……。えーっと、うん……、ここは素直に、彼女ができました……、だよね。
「黒塚先輩。中で蛍が接客してるので、よかったらどうぞ!」
執事服姿の沢渡さんが笑顔で僕を招待してくれているけれど、ちょっと待って!
蛍っていうのは……、確か水沢さんのことだよね!?
伝えないといけないとは思ってるけれど、心の準備とかがですね!?
「あー黒塚、どうせだから行って来たらどうだ」
「えっ!?」
いやだから待って!?
以前水沢さんに、黒野一秋が好きと告白されたことは、みんな知っていることだ。
というか白状させられた。というのが正しいかもしれないけれど……。
手紙が靴箱に入ってることを早霧に目撃されたからには、広まらないわけがないのだ。
「そうですよ黒塚くん。ちゃんと伝えたほうがいいですよ?」
「……えっ?」
霧島の声にビックリしたのは沢渡さんだ。なんだか目を見開いて両手を口元に当てているけれど……。
「……それってもしかして」
何を想像しているのか知らないけれど、沢渡さんの表情が嬉しそうなものに変わっている。
えーっと、僕は彼女ができたことを伝えようと思ってるんだけど……?
「じゃあオレたちは先に行ってるから」
「うふふ、黒塚っち、がんばってね」
「――え、ちょっ!?」
含みを持たせた笑いを残して去っていく友人を振り返っていると、僕の両肩がガシッと掴まれる。
「さぁさぁ、黒塚先輩どうぞ!」
と思ったら、沢渡さんにそのまま押されるようにして四組の『メイド執事喫茶』へと押しやられる。
いやいや、ちょっと待ってよ! あの……、もうちょっと、心の準備というものをさせてくれませんかね……!
霧島は真面目な顔して言ってたけれど、なんだか変な誤解をされてる気がするよ!?
肩を掴まれて喫茶店への強制案内を、今更無理やりに振り払うわけにもいかず、もたもたしているうちに教室の中へと入ってしまった。
「蛍ー! 黒塚先輩連れてきたよー!」
大きな声で水沢さんを呼ぶ沢渡さん。
ちょっと、そんなことされると目立つじゃないですか……。
すでに諦めの境地にほぼ達してしまった僕は、改めて教室内を見回してみる。
そこには予想通りと言えば予想通りの、メイド服を着た男子高校生がいた。……が、女装や男装をしている生徒は半分くらいだろうか。
普通に執事服姿の男子生徒と、メイド服姿の女子生徒もいる。
そして……、沢渡さんのそんな声に振り向いたのは、一人のメイド服姿の女の子だった。
主人公の思考?を修正。2017.07.21




