092 録音
お待たせしました。
「じゃあいきまーす」
僕はグランドピアノの椅子から前に乗り出すように座りなおすと、足をペダルへと掛ける。
校歌の伴奏はペダルは使わなかったのだ。
課題曲の原曲も、イントロはピアノのみになっているので、最初はみんなも違和感がないはずだ。
そんなことを考えながら、課題曲を演奏するべく両手を動かしていく。
……と思っていたんだけれど。なんだかざわつきはじめるクラスメイトたち。
「ちょっ……、黒塚すごくね?」
「校歌のときと全然違うんだけど……」
「超上手いんだけど!」
「あたしも弾かれたい……」
いやいやいや、最後の誰だよ!?
ってそれはいいとして、もうすぐ歌が始まるよ!? ほら、みんな合わせて!
演奏に焦りが出ないように注意しながら弾いていたけれど、少しバラバラな感じでみんなから歌う声が聞こえてきた。
あー、びっくりした……。ちょっと乱れてる気がするけれど、まぁ大丈夫……かな?
校歌の伴奏より難しいとはいえ、イントロでこんなに騒がれるとは思っていなかった……。
みんなの歌声もサビへと入って行き、僕の演奏も盛り上がりを見せる。クラスメイトが主旋律と副旋律に分かれて綺麗なハーモニーとなる。
そうなると気分の上がってくるのが僕だ。
さっき騒がれたことも忘れて、ノリに乗って鍵盤の上を僕の指が躍っていく。
今まで教室で練習していたときの音楽と違って、今は本番に近い形であるピアノだけの伴奏になっているけれど、特に問題なく歌えているように思う。
ちょっと心配し過ぎだったのかな。
そして再びサビの部分へと突入すると、僕のテンションも同時に上がっていく。みんなの声も心なしか大きくなっている気がする。
繰り返しでもう一度サビに入ると今度は、歌が上手い生徒が四人でのハモリパートとなる。
さすがに綺麗なビブラートだ。僕は歌は下手なので羨ましいと思うけれど、ピアノでがんばろう。
そしてサビが終わると間奏に入る。ここは僕のピアノソロだ。
今までよりもテンションを上げての演奏だ。動画サイトから拾ってきた原曲にはないグリッサンド――鍵盤の上を右から左へと手のひらを滑らせると、低音、高音を織り交ぜて奏でていく。
盛り上がりを見せた後はもう一度サビに入るけれど、この部分は一気にトーンを落として静かになるのだ。
そして歌うのは、もう一人いる歌の上手い三嶋くんのソロだ。
ここはピアノ演奏の音量も控えめになるので、どうしても歌声が目立つ。
三嶋くん自身は大人しくて目立たない男子生徒だと思っていたけれど、全然そんなことはないと今は思う。ソロで歌うだけあってさすがに上手い。
その後はキーを一つ上げてみんなでサビを歌う。
テンションを上げたままサビを歌いきれば、あとはまた僕の出番だ。
最後まで気を抜かずに演奏を続ける。高かったテンションから一転、最後は静かに演奏を終える。
僕はゆっくりと鍵盤から手を離すと皆の方を振り返った。
「すげーぜ黒塚!!」
「うおおぉぉ!!」
「優勝間違いないんじゃない!?」
「みなぎってきた!」
するとクラスメイト達から歓声が上がる。
僕も自分の演奏で歌ってくれるということが、こんなにも嬉しくなるものだとは思っていなかった。
最近ようやく、僕の演奏を聞いて感動してくれる人がいるということに気付いたばかりだけれど、みんなで音楽をやるということもいいかもしれない。
「みんなの歌もすごかったよ!」
僕も立ち上がって興奮気味にみんなに言うと、何人かが僕の周りに集まってきた。
もちろん仲のいいいつものメンバーもだ。
「黒塚っち……、なんでこんなにすごいこと隠してたのよ?」
しかしなぜか黒川がご立腹だ。
「すごいよね、黒塚くん。……私ちょっと鳥肌立っちゃった」
霧島が両腕をさすりながらそんなことを言う。
「僕もこれは予想外かな」
冴島は額の汗を袖で拭いながら感想を漏らす。
音楽室は冷房が効いているはずだけれど、冴島にはさっぱり効果がないのだろうか。
「他にも何か弾けたりする?」
「あ、それ俺も気になる」
早霧の言葉に、一緒に集まっていた友人も便乗してくる。もちろんいろいろと弾けるけれど、今は文化祭の合唱の練習をしないとね。
「っていうか、普段の練習用にも黒塚の伴奏が欲しいよな」
「ちょっと今から録音しない?」
「いいねそれ」
「わたしも黒塚くんの曲じっくり聞きたい!」
「オレもー!」
みんなの感想を聞いていると次々と意見が出てきて、いつの間にか僕の演奏を録音する流れになっていた。
僕は何も言ってないんだけれど、話が勝手に進んでそうなってしまっている。
……まぁ別に断る理由はないけれど。
「じゃあもう一回弾こうか。録音したい人はどうぞ」
僕がそう言うと、一斉にスマホをポケットから取り出すクラスメイト達。
えーっと、そんなに録音する人は必要ないと思うんだけれど?
僕が呆れながら見ていると、誰かが録音状態にしたらしいスマホをグランドピアノの上に置いた。
それを見たみんなも倣って、次々とピアノの上がスマホで埋め尽くされる。
「ほらほら、もう録音開始してるんだから早く!」
「あ、うん」
黒川に急かされるようにまたピアノの椅子へと座りなおすと、僕は二度目の課題曲の演奏を始めるのだった。