051 二回目のお仕事
金曜日。ついに二回目のバイトの日がやってきた。
今日は学校が終わったらそのままスタジオへと行く予定だ。
昇降口で靴を履き替えて教室へ向かうと、廊下でたむろしている同級生に挨拶をして中に入る。
「おはよう」
「ういーっす」
「おはよう、黒塚くん」
「黒塚っち、おはよー」
すでに登校しているメンバーが口々に挨拶をしてくれる。
黒川はこちらを見もせずに机に広げた雑誌を眺めながらだったが。
あー、いつものファッション雑誌かな。……そういえば今日発売だったっけ?
「――あ」
そこでようやく思い出した。今日の雑誌から……、僕が載ってるんじゃなかったか。
そういえば見本誌も自宅に届いていた気がする。なんとなく恥ずかしくて開けなかったけれど……。
こういうことになるなら事前にどんなものか見ておけばよかった!
幸い僕の呟きは誰にも聞かれなかったようで、僕に注目している人はいなかったが。
雑誌を読む黒川の様子が気になって、自分の席に座ってからもちらちらと視線を向けてしまっている。
でもこれ以上は挙動不審じゃないだろうかと気がついた僕は、机に突っ伏して授業が始まるのを待った。
結局何もないままにお昼休みになった。
「おっしゃー、黒塚! 購買部行くぞー!」
チャイムが鳴ると同時に早霧に急かされて慌ただしく教室を出る。
混雑する中パンを買って教室に戻ると黒川と目が合った。
「……黒塚っちおかえり」
「……う、うん。ただいま」
「なんだよ。俺にはねーのかよ」
冗談交じりに早霧は言うけれど、僕は黒川と目が合ったことでちょっとドキッとしていた。
「おかえりなさい。早霧くん」
そんな冗談にも答えてくれるのが霧島だ。
僕と同じくらいの身長なのに、その胸に抱える大質量のおかげで、子どもに見られることが少ないという。
なんていうか、ずるい。……いや僕にも欲しいわけじゃないよ? そこは勘違いしないで欲しいけれど。
「……お、おう。ただいま」
「あはは!」
そんな霧島に言われた早霧が、僕と同じ返事をしていて思わず笑ってしまった。
「……んだよ」
そんなやりとりをしている僕たちをからかわずに珍しくずっと見つめている黒川。
いったいどうしたんだろうか。……なんだかいつもと違う様子に不安がよぎる。
「……どうしたの、黒川?」
思わず問いかけてしまったが。
「ん……、なんでもない……」
一瞬、雑誌に載っている僕を見つけたのかなと思ったけれど、違うのだろうか……。
なんとなくドキドキしながら、買って来たパンを無心で食べる。
もうこの時点で、撮影していたときの『みんなを驚かせてやる』といった気持ちは綺麗さっぱり消えていた。
「黒塚っち!」
とうとう放課後だ。これからバイトに行かないといけないのだ。
解散を告げる久留米先生の声が聞こえた瞬間に出れるように準備をしていた僕は、いざ鞄を掴んで立ち上がったときに黒川に呼び止められた。
「あ、っと……何?」
数歩踏み出してから振り返ると黒川が眉間にしわを寄せて僕を見つめてきていた。
……雑誌を急いで開きながら。
「あ……、ごめん、……もしかして何か用事あった?」
急いで帰ろうとしていた僕に気付いたのか、黒川が若干勢いを落としているように見える。
「……うん。これからバイトなんだ」
僕がそう発言したところでいつものメンバーがざわつく。
「な……なんだって……?」
「マジか」
「聞いてませんよ?」
いや言ってないからね? っていうかバイトするのにみんなの許可がいるの?
「……何のバイト?」
まだ眉間にしわを寄せたままの黒川が確認してくるが。素直に『モデル』とか恥ずかしくて言えない。
やっぱり雑誌に載ってる僕を見つけたのかな? それでいまいち本当に僕なのか確信が持てないとか。
「……そのうちわかるよ。急いでるから行くね?」
「おう。またな」
「バイバイ黒塚くん」
みんなに見送られながら僕は教室を出てバイトへ向かうのだった。
「来たわね」
スタジオに入るなり監督に声を掛けられる。
中はもう撮影がすでに始まっている。菜緒ちゃんが舞台の上でスポットライトを浴びており、シャッターを切る音とストロボの光る音が響いてくるのがわかる。
「あ、こんにちわ。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。黒野一秋くん」
監督がからかうような口調で、僕がモデル活動するの時の名前で呼びかけてきた。
改めてこの名前で呼ばれるととても恥ずかしい。僕は恥ずかしさに耐えながら、監督から指示のあった部屋へと着替えに向かった。
「黒塚くん……、じゃなかった、黒野くん。今日はよろしくね」
着替えてから戻り、さっそく菜緒ちゃんに見つかった僕は、いつもと違う名前で挨拶をされた。
名前を考えたのは目の前にいる菜緒ちゃんと秋田さんなわけだけれど、やっぱり違う名前で呼ばれるのは違和感が半端ない。
それとやっぱりこの名前で呼ばれるのは恥ずかしい。
「……よろしくお願いします」
こうして二回目の撮影が始まった。