029 体育祭
そしてとうとう体育祭当日の土曜日がやってきた。
空を見上げると、天気は曇り空ですこぶる微妙である。とても体育祭日和とは言い難い。
体育祭なので制服ではなく、ジャージでいつもの住宅街を登校中だ。
ほどなくして学校が見えてくるが、ちらほらとジャージではなく制服で登校してくる生徒もいるようだ。
まぁ、普段と違う服装で、しかもジャージはなんだか恥ずかしいというのもわからなくはない。
自分だけ制服だったとすれば、それはそれで自分が浮いてしまうのでどっちにしようか迷った挙句にジャージを選んだのだ。
「おはよう」
校門前で冴島に会ったので軽く挨拶をしておく。
「あぁ、黒塚くんおはよう……」
僕に返事はするけれど、どうもいつもより元気がないように見える。
「……どうかしたの?」
「ああ、いや……、オレの両親がさ……、今日の体育祭見に来るとか言うんだよ……」
思わず聞いてしまった僕に、げんなりした様子の冴島。
「来なくていいって言ったのに、しつこくてさ……」
「あはは、まあいいじゃん。僕の両親なんて海外だから来たくてもこれないんだからさ」
慰めになっているかどうかわからないけれど、自分の例を挙げておく。
まぁ実際僕も両親にはどっちかというと来てほしくはないけれど。……うん、慰めた意味がないね。
「ああ、まあ、そうなんだろうけど……」
しかしこうして、いつもいじってくる冴島がこんな様子なのは見ていて面白い。
「そういう黒塚くんだって、もしかして秋田さんが見に来るんじゃないの?」
「――はあっ?」
と思っていたんだけれど不意打ちを食らってしまった。
何言ってるんだ。いくらなんでもお隣さんってだけで、体育祭まで見に来るわけないだろう。
確かに体育祭がいつあるのか聞かれはしたけど……。
――って、あれ? これってもしかしてそういうことなの……?
「……マジか」
思わず黙り込んでしまった僕の様子を肯定と捉えたのか、冴島がうめくように声を絞り出している。
「いやいやいや、そんなわけ……ないって……。……たぶん」
「おいおい、これは一大事件だよ。とりあえずどういうことか説明してもらわないと……ねっ!」
というセリフと共に、僕の頭は冴島にがっちりとヘッドロックをかけられた。
体育祭なので、今日は教室には行かずにそのまま運動場へ集まることになっている。
冴島にヘッドロックをかけられながら昇降口を素通りして運動場へと連行される僕。
苦しいので早く逃れようと、先週秋田さんに体育祭の行われる日を聞かれたことを素直に白状した。
もちろん聞かれただけで、当日行くとも何も言われていないこともしっかりと説明しておいたが。
「……フラグだね」
「おい」
なぜ断定する。
「いや、他に理由が思い浮かばないし」
「いやいや……、だってほら……」
説得力が低いかなあと自覚しつつも、最初に考えたアポなし訪問対策を伝える。
他にも、ただ体育祭の話になったから開催日が気になっただけ説も訴えてみるが、納得はしてくれないんだろうなぁ。
「どっちにしろ、すべて可能性があるってことだよね」
「……むぅ」
結局冴島のその一言に、僕は何も言い返せなくなってしまった。
むしろ僕が納得してしまった。結局考えたところで本人に聞かないと答えなんて出ないんだ。
結論の出ない話に一区切りがついたところでチャイムが鳴った。
どうやら体育祭が始まるらしい。
グラウンドのトラックを中心にして校舎の反対側に、各チームの待機場所であるスタンドが木で組まれている。
これがスタンド班が作成した生徒の待機場所だ。
傾きのあるスタンドは、トラックから離れるほどに高さがあり、外側の位置からでもグラウンド中心がよく見えるようになっている。
そしてその後ろでスタンドを見下ろすように聳えているのが、各チームのマスコットだ。
チームは色で分けられており、それぞれ赤、青、緑、黄、白の色にちなんだマスコットを班で作成して、スタンドの後ろに設置するようになっている。
もちろんスタンドとマスコットの出来栄えもチームの得点として加算対象になっている。
ちなみに僕たち緑チームのマスコットは『サボテン』だ。
「黒塚先輩……、次出番ですよね……?」
「えっ?」
おずおずと僕に話しかけてくれたのは同じダンス班の後輩、水沢さんだった。
ふと周囲に耳を傾けると、確かに次の種目の集合を呼びかける放送が流れている。
『百メートル走に出場の選手は入場門にお集まりください』
「あ、ホントだ……。ありがとう」
僕は水沢さんにお礼を言って、スタンドから入場門へと走っていく。
あーもうダメだ。朝から冴島に言われたことが気になってしょうがない。
普段通りにしているつもりだけれど、ふとしたことで秋田さんのことを考えてしまう……。
……何で僕はこんなに秋田さんのことが気になるんだろう。
ただ単に体育祭の開催日を聞かれただけのはずだよね?
別に今日見に来ると言われたわけでもないし……。
「お、黒塚じゃん。久しぶり」
何とはなしに観客席へと視線を向けていると、同じく入場門に集まっていた違うチームの三年生に声を掛けられた。
「んん?」
視線を声の主へと戻すと、去年同じクラスだった男子だった。
「おお、久しぶり」
うーん。いつまでも秋田さんを気にしていても仕方がない。今は百メートル走に集中しよう。
僕たちの出番となり、去年のクラスメイトと「お前には負けねー」と言い合いながら、入場門からグラウンド中央へと進んでいった。