126 次の試練は
「不束者ですが、よろしくお願いします」
「えーっと、あー、こ……、こちらこそよろしくお願いします」
すずの畏まった言葉に何と返せばいいかわからなくなって、ありきたりな返事になってしまう。なんとなく恥ずかしくなって視線を彷徨わせていると、くすくすと笑う声が聞こえてくる。
「ふふ……、あははは!」
そのままぎゅっと抱きしめられてしまうけれど、これはこれで悪くない。
「あはは」
僕も一緒になって笑うと、自然と恥ずかしさは消えて行った。
「……あっ!」
でもすずへとプロポーズを成功させた僕だけれど、今更になって重大なことを思い出してしまった。なんてことだ……、こんなことを忘れてるなんて。
「ど、どうしたの?」
「ご、ごめん」
「……えっ?」
僕の言葉に戸惑うすず。よくよく考えると、忘れていなかったとしても今の僕には用意できない気がしてきた。
「いや、あの……、ほら……、婚約指輪とか、用意してなくて……、ごめん」
まだ高校生の僕にはそんな高価なものが買えるような収入はないのだ。バイトはしていたけれど、頻繁に仕事があったわけじゃないし。専属モデルになったのも最近だ。仕方がないとは思いつつも、バツが悪くて言葉が途切れ途切れになってしまった。
「ぷっ……、あはははは!」
肩を落とす僕にすずの笑い声が響き渡る。えーっと、笑い事じゃないと思うんだけれど……。ってすずにとってはそういうこと、なのかな?
すずにプロポーズするんだってずっと考えすぎていて、婚約指輪のこととか完全に頭から抜け落ちてた。なんで忘れるかな……、シチュエーションとしてはほら……。
膝をついて指輪を渡すシーンを頭に浮かべたところで、他にも問題があったことに思い当たってしまう。自宅でプロポーズとかホント何考えてんだろうね、僕……。雰囲気も何もあったもんじゃない。
「あと……、普通に家でごめんなさい」
「へっ?」
「ほら……、雰囲気とかがね……?」
「あ……、ううん……、そんなことないよ」
すずはさらに僕をぎゅっと抱きしめると言葉を続ける。
「すごく嬉しかった。わたし……、もう幸せ過ぎてどうにかなっちゃいそうだもん」
「……そっか!」
すずの言葉に僕の心も少し軽くなる。いや、安心しちゃダメなんだろうけれど……。少なくとも婚約指輪は今すぐ用意はできないのだ。
「うん。だから、今できる目の前のことからやっていこうよ」
「そうだね。……えーっと、目の前のことと言うと」
すずに促されるように今できることを考えてみる。僕はまだ十七歳だからして婚姻届けはまだ出すことはできない。いやそれ以前に親に報告をしないと……って、そうか。
「すずのお父さんに挨拶に行かないとダメだね」
「うん! ……あ、もちろんわたしも、誠ちゃんのお父さんとお母さんに挨拶しないとね」
「そういえばすずは、僕の両親に会ったのはいきなりだったよね」
「あのときはビックリしたよ」
思い返すとあのサプライズはさすがにないと思った。
だけれどすずは苦い思い出ではないようで、楽しそうに笑う。主に慌てていたのは僕だけだったのかもしれない。
「うちの親は実家に来れば会えるけど……、誠ちゃんのお父さんとお母さんは海外だったよね?」
「そうなんだけれど……。でも年末年始は帰ってくるんじゃないかな? ……今度聞いてみるよ」
「お願いね」
それにしてもすずのお父さんか……。前回会った時のことを思い返してみるけれど、さすが娘を持つ父親だと思った。なんというか、迫力が違うよね……。あの時は怒られるんじゃないかと考えていたけれどそうでもなかった。誠実そうなお父さんだったし、大丈夫だよね……?
「ちゃんと、すずのお父さんにも認めてもらわないとね」
まだ高校生の僕との結婚を認めてくれるかどうかはわからない。むしろダメだと言われる可能性の方が高い気がしないでもない。
「うん。きっと大丈夫だよ」
僕の表情を読み取られたのか、すずに慰められてしまった。漠然とした不安はあるけれど、ドラマの見過ぎかな……。僕の中にある『娘を持つ父親』のイメージが、そうさせているだけかもしれないけれど。でもそんな弱気じゃダメだ。
「だって誠ちゃん……、『結婚を前提にお付き合いしてます』ってお父さんに言ってたよね」
「えっ!?」
ちょっと恥ずかしそうにして言ったすずの言葉に驚いたけれど、そう言えば確かに言った気がする……。あんまり記憶に残ってなかったけれど、今ハッキリと思い出した。
「そのときお父さん、『よろしい』って。……ほら、大丈夫そうじゃない?」
いたずらっぽく笑うすずが僕の顔を覗き込んでくる。
そ、そうなのかな。ホントはお父さんも喜んでくれているとか? うーん……、ここでいろいろ考えていたって仕方がない。ネガティブな思考に陥るよりはマシだし、ポジティブにいこう。
「……それなら大丈夫そうだね」
「そうそう!」
どちらにしろ認めてもらわないと始まらないのだ。不安になって挨拶に行かないという選択肢はないんだ。
「うん。がんばるよ」
すずのおかげで前向きになれたと思う。自分で自分に気合を入れていると、今度はすずの瞳がキラキラと好奇心いっぱいといった表情に変わる。
「そうと決まれば……、準備のために誠ちゃんのスーツを買いに行かないとね!」
「……えっ?」
すずの斜め上の発言に、僕は目を丸くするしかなかった。




