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隣のお姉さんは大学生  作者: m-kawa
第五章
111/136

111 ショー開催

『皆様、長らくお待たせしました!』


 とうとうファッションショーの始まりを告げるアナウンスが流れてきた。

 東原と言うと、僕たちを見た瞬間にさっきまで見せていた威勢のよさは鳴りを潜め、三井に過剰な紹介をされるたびに縮こまっていっていた。

 まさかそこまでの反応をされるとは思っていなかったので、僕はすずと目を合わせて戸惑うばかりだった。


 とは言え、そんな目の前の様子を見ているとちょっと可哀そうに思えてきたのは確かだ。

 思わず止めようとさえ思ったけれど、なんと声を掛けていいかまったく浮かばない。

 最終的には耐えられなくなったのか、まだショーの準備があるからと早々に退散していったのだ。


「なんだよ……。あとで東原のピアノ聞かせてもらおうと思ってたのに」


 とは去っていく東原を見送った三井の言葉である。

 うん、正直やめてあげて。今後ろで流れている音楽で勘弁してあげて。


『それでは、ショーの始まりです!』


 少し回想している間に、アナウンスがショーの始まりを告げる。

 屋外のステージではあるが、照明が派手さを増してバックを流れる音楽も音量が上がり、場を盛り上げていく。

 そして観客の声援も一斉に音量が増した。

 ステージに今回の主役である学生が姿を現したのだ。


「――あ、茜ちゃんだ」


「ほんとだ」


 一番手で出てきたのは野花さんだ。

 もちろんいつもの丸眼鏡にボサボサ頭ではない。きちんとセットされた状態で、薄くメイクもしているように見える。

 学生がデザインしたという衣装は、モノトーンを基調としたシックなで立ちだ。ロングプリーツスカートにふんわりとした白いブラウスを着こなし、グレーのニットベレー帽を被るというよりは頭にちょこんと乗せている。

 堂々と胸を張りステージ上を歩く野花さん。いつもと違って身だしなみが整っているせいか、モデル然とした立ち姿は菜緒ちゃんの雰囲気が強く出ているように思う。


「……もしかしてあの子?」


「はい。そうですよ」


 控えめに野花さんに手を振るすずを横目にしながら、三井がこっそりと尋ねてきた。


「へぇ、そうなんだ。かわいいね」


「……そうですね」


 そりゃモデルをやってるくらいだし、普段の野花さんの姿からのギャップがなくても、その可愛さは一目瞭然だ。


「にしても、どこかで見たことあるような……? 気のせいか?」


 呟きを聞こえないふりをしながらステージを眺めていると、僕たちに気付いた野花さんが笑顔で小さく手を振ってくれた。

 そのことに気がついた三井の表情がだらしのないものに変わる。


「――あとで彼女を紹介してくれよ」


 ……はい?

 思わず振り向いて睨みつけようと顔を向けるが、すでに三井はステージへと視線を集中させている。

 ちょっとそれは見境がなくないですかね?


「……」


 その間にも、ステージ後方からも続々と学生モデルたちが歩んでくる。

 結局何も言えずにため息をつきながらすずへと視線を向けると、こちらもステージを歩く学生たちを見つめていた。

 だけどそれは、三井と違って真剣な表情だった。




「あ、茜ちゃん!」


 舞台裏で野花さんを見つけたすずが、小走りになって駆け寄っていく。

 学生たちのショーが終わり、今は次のショーまでの休憩中なのだが、三井の要望によって僕たちは舞台裏にまでやってきていた。

 舞台裏と言っても学生は出入りができるのですずは入れるんだけれど、僕と三井は本来は完全に部外者だ。

 ……いや僕も『サフラン』関係者と言って入れないことはないんだろうけれど。


「すずちゃん!」


「お疲れ様! カッコよかったよ!」


「ありがとう」


 感想を語り合う二人だったが、追いついた僕に気がついた野花さんが手を振ってくれる。

 すでに着替えているのか、ステージ衣装ではない普通のワンピース姿だ。髪型はいつものボサボサ頭ではなく、コンタクトなのか丸眼鏡でもない姿は仕事以外で見ると珍しいと思ってしまう。

 そしてよく見ると、野花さんの隣には他にも人がいるみたいだ。あれは『サフラン』の監督と……、もう一人は誰だろう。

 野花さんよりも長身で体格もごつく、薄く無精ひげを生やしながらもスーツをビシッと着込んだ四十代くらいに見える男性だ。


「こんにちは」


「あらこんにちは、黒塚くん。こんなところまで遊びに来てくれるなんて、嬉しいわね」


「あらあら~、聡司そうしちゃんじゃないの~」


「――!?」


 監督の隣にいるスーツ姿の男性から聞こえたオネェ口調に、思わず全身が総毛立つ。

 聡司ちゃんって……、えっ? まさか三井の知り合い?


「あ、倉坂くらさかさんじゃないですか。どうも、お久しぶりです」


 後ろから付いてきていた三井を振り返るけれど、平然とした顔で挨拶を返している。


「あれ、倉坂さんと三井さんってお知り合いなんだ?」


 すずは意外そうな表情をしているけれど、この反応を見る限りすずもこの男性のことを知ってるんだろうか。

 監督と一緒にここにいるってことは、やっぱりファッション関係の人なのかな。というか、そんなビシッとしたなりでクネクネしないで欲しいんですけど……。


「そうよん。聡司ちゃんのお父様にはいつもお世話になってるわん」


「お父様? ……あぁ、あの社長さんね」


 監督も知ってるんだ。まぁ確かに、すずのおじいちゃんが興したっていう会社は大きいし、僕たちの業界にも無関係というわけにはいかないよね。


「文化祭のブースにも入ってるバーチャルファッションも、あなたのお父さんの会社の製品じゃなかったかしら」


「えっ!? そうなんだ……?」


 監督と倉坂さんと呼ばれた男性以外のメンバーが驚いているけれど、三井よ……、お前も知らなかったのか……。

 思わずジト目になって視線を向けるけれど、慌てて取り繕うようにドヤ顔されてももう遅いよ。

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