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隣のお姉さんは大学生  作者: m-kawa
第五章
110/136

110 ファッションショーの準備

お待たせいたしました。

 その後も何かとすずへとアプローチを仕掛ける三井。

 藤堂学院大学の文化祭にはさほど興味を示さず、すずばかりに何かと話しかける様子を見ていれば、さすがに僕でもわかることがある。


 ――最初からすずを目当てで来たんじゃないかっていうことが。


 当初はすずのおじいちゃんに下手な報告が行かないように、すずのお父さんに余計な被害が行かないようにと考えていた。

 そこまで警戒する必要があるかどうかはわからないけれど、何事にも用心はしたほうがいいと思っていたからだ。


 つまりそのためには三井には何も知られずに、穏便に帰ってもらうことを目標にしていたんだけれど……。

 そっちがその気なら、僕もそんなことは気にしてはいられないのかもしれない。


「すずちゃん。ここのおススメって何かな?」


 ここというのは大学の学生食堂である。

 学生食堂ではあるんだけれど、一般にも開放されているので普段から学生以外の人たちで賑わう場所でもある。

 かく言う僕もスタジオ撮影での昼休憩時に、何度かここでご飯を食べたこともある。

 スタジオから多少歩くけれど、そこまで遠いと言うほどでもない。


「ここのおススメは日替わりランチですね。Aランチがお肉で、Bランチが魚です」


「日替わりランチって、いつもお昼ご飯ランキング一位だよね」


「うん。わたしは滅多に食べないけど……。いつもはヘルシーランチかな」


「じゃあオレはすずちゃんおススメのAランチにするかな」


 食べたいものが決まったようで、三人そろって注文カウンターへと並ぶ。

 他にも麺類や丼もののカウンターがあるけれど、僕たちが並ぶのはもちろんランチメニューの列だ。

 文化祭という事もありいつもより人が多いけれど、さすが大学の食堂は広く、満席というほどではないようだ。

 この食堂では、カウンターで受け取った料理をレジに持って行き、料金を支払ってから食べるシステムになっている。


「このあたりでいいかな」


 一番最初に並んでいた三井が先にレジを抜け、空いていた四人席を確保している。

 同じテーブルに僕たちも向かうと、二人そろって三井の向かいの椅子へと腰を下ろした。

 もちろん三井の目の前に座ったのは僕だ。すずとはできるだけ距離を取っていただきたい。

 それが不満なのだろうか、細めた目で僕を睨みつけてくるけれど、完全にスルーだ。

 そして僕が注文したのはおススメBランチだ。いつもはAランチを頼むことが多かったんだけれど、なんとなく同じものは食べたくなかったのである。


「美味しそう! いただきまーす」


 そんな僕たちの水面下の争いをよそに、すずはお箸を取るのだった。




 お昼からはファッションショーだ。

 三井を案内するはずが、すずが行きたいところへ行く集団となってしまっている。……今更気にすることでもないのかもしれないけれど。

 まだファッションショーは始まっていないようだけれど、ステージの周りには人がそれなりに集まっていた。

 最初は学生が主催のショーなのでそんなに人はいないかなと思ったけれど、そうでもないらしい。


「茜ちゃんはステージ裏かなぁ?」


 ステージ脇に視線を送りながら、すずがキョロキョロと親友を探している。


「かもしれないね。衣裳の確認でもしてるのかも」


「……誰か知り合いでもショーに出るのかい?」


 僕たちの様子を見て察したのだろうか、三井が口をはさんでくる。


「あ、うん。わたしの友達がステージに出るの」


「へぇ、そうなんだ」


 ステージの前はすべて立見席となっており、椅子などは用意されていない。

 学生や一般客たちが思い思いにしゃべりながら、ショーが始まるのを待っている状態だ。

 僕たちはステージからほど近いところに陣取っている。もし野花さんがステージに現れたとしても、僕たちには十分気が付く距離だろう。


「あれ? 三井センパイじゃないですか」


 ちょうどそのとき、僕たちに後ろから声が掛かった。

 思わず振り返ってみるけれど、そこにいたのは短髪の男だ。


「うん……? ……あぁ! 誰かと思ったら!」


 声を掛けてきた男を認識すると、三井が親し気に背中をバシバシと叩き始める。


「……あっ」


 すずは男を見た瞬間に口元に手を当てて驚き、そのまま僕の影に隠れるように移動してきた。

 改めてその男に目を向けると、僕もようやく思い出した。


東原ひがしはらじゃないか! お前もこの大学だったのか」


「はい。そうなんスよ」


「やっぱり音楽まだやってんのか?」


「ええ。ちょうど今から始まるファッションショーでも、音楽担当させてもらってます」


 以前オープンキャンパスに行ったとき、すずにしつこくまとわりついていたメディア学科の先輩だ。

 その先輩が三井のことを先輩と呼んでいるということは、高校が同じだったんだろうか。


「大丈夫?」


 思わず僕の影に隠れたすずに声を掛ける。


「うん……。あれからは特に何もないから、大丈夫だと思う……」


 ちょっと心配だったけれど、すずの言葉を聞いて僕はホッと胸をなでおろす。

 あの時はいつの間にかいなくなっていたから、東原がどういう反応をしたのかわからなかったんだけれど。何もなかったんならよかった。


「そっか。……だけどまさか二人が知り合いとはね」


 知り合いならそのまま二人でどこかに行ってくれないかなぁと思ったけれど、そんなに都合のいいことが起こるはずもない。

 話がひと段落したのか、三井がこちらに振り返って僕たちに紹介し始めた。


「高校の時の後輩の東原だ。こいつの音楽はすごかったんだぜ」


 なぜか三井がドヤ顔で、自分のことのように東原を自慢している。

 この時になってようやく、東原も三井以外に人がいたことに気付いたようで、僕たちに視線を向ける。


「東原――っ!? ……です。……よ、よろしく」


 三井に褒められてまんざらでもなさそうな表情だったけれど、僕とすずを認識した瞬間に自己紹介の言葉が詰まり、顔が引きつっていた。

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