107 受けて立ちます
「えっ? 例の社長さんの息子が文化祭に来るから案内してほしい?」
僕はすずから聞かされた、おじいちゃんの頼み事をオウム返しに繰り返していた。
「う、うん……。ごめんね」
力なく頷くすずが申し訳なさそうに謝ってくるけれど、すずは全然悪くない。
以前の実家から帰ったあとの落ち込み具合を思えば、こうやってすぐに相談してきてくれたことは素直に嬉しいくらいだ。
迷惑をかけたくない一心で何も言われないよりはマシだろう。
「せっかく誠ちゃんと一緒に文化祭回ろうって言ってたのに……」
ソファの隣で泣きそうになっているすずを抱き寄せながら、彼女から聞いたおじいちゃんの頼み事についてよく考えてみる。
まったく……、まだ会ったこともないすずのおじいちゃんだけれど、どうにも好きになれそうにない。
はた迷惑なおじいちゃんだ。
えーっと、確か文化祭当日の午前十一時に正門前で待ち合わせだったっけ。
すずに聞いたところによると、会ったこともないみたいだけど大丈夫なのかな……。いや別にそれは僕が心配することじゃないんだけれど。
すずのおじいちゃん曰く、『文化祭を案内してあげて』とのことだ。それ以外は言われていないみたい。
「一応断ってるんだよね」
「うん……」
念のため確認してみるけれど、その答えは芳しくない。
「そう言えば、すずのお父さんとお母さんは何か言ってた?」
すずの両親は確か味方になってくれているはずだ。前に聞いた話だと、おじいちゃんのことは気にしなくていいって言っていたけれど……。
さすがに今回の頼み事は無視するのはダメだよね……。
「お父さんにも聞いてみたけど、ちょっとまだわかんない……」
電話はしてみたけれど、まったく聞いていなかった話だったようで、「おじいちゃんに確認してみる」と言われて電話は切れたとのこと。
「そっか……」
なんとかしてくれるのであればありがたいけれど、すずのお父さんを当てにして僕たちが何もしないわけにもいかない。
対策は考えておかないとね。
それにしても、僕たちの約束に割り込んできたのは相手の方だ。
そこに僕たちが合わせる必要はないはずで、ましてや案内してあげるだけでいいのであれば……。
「じゃあ、僕たち二人で文化祭を案内してあげようか」
何もすずが一人で相手をする必要はないのだ。
「えっ?」
どういう目的ですずを案内役に選んだのかはわからないけれど、そんなことで指をくわえて待っているだけなんてありえない。
うん。僕だってある意味では文化祭の関係者なんだ。お店からは仕事としては言われていないけれど、きっと大丈夫。
だから二人で案内してあげても問題はないよね?
「すずが一人で案内して、とは言われてないよね」
「う、うん……」
戸惑う彼女に確認するようにして念を押すと、躊躇いながらも肯定の言葉が返ってきた。
「だったら、案内人が増えても問題ないんじゃないかな」
もしくは、案内される側として僕という人間が増えても問題ないはずだ。
「そっか……。そうだよね……! うん、きっと大丈夫!」
さっきまで沈んでいた表情が、僕の言葉で明るくなっていく。
やっぱりすずには笑顔でいてもらいたい。
そのためには、例え相手がおじいちゃんだろうが、社長の息子だろうが立ち向かっていくのみだ。
この日、まだ見ぬ相手に対して決意を新たにするのだった。
そして迎えた十一月三日、文化の日。
文化祭当日である。
僕たちは別に相手に合わせる必要がないので、文化祭を堪能するべく朝から出かけていた。
野花さんはイベントの準備があるからと、開会前から学校に行っていてここにはいない。
そして待ち合わせ相手に至っては、会ったこともない相手なのに大丈夫なのかと思っていたけれど、おじいちゃんからお見合い写真とでも言わんばかりの写真が届いていたので、残念なことにそこは問題がなかった。
「うわー、すごいねぇ」
「思ったよりすごいね……」
朝早くだと言うのに、学校の正門はそこそこの人でにぎわっていた。
一緒になって流れるように中に入ると、本館横から駐車場へと続く広い道がフリーマーケットスペースになっているようで、そちらは人であふれかえっている。
真っ先に本館事務所に推薦入試の願書を提出し終えたあと、何となしにフリマスペースへと歩いて行く。
本館横の百メートルほど続く直線の両端が、すべてフリマスペースだ。
衣料品や本、おもちゃをはじめ、パソコンや楽器に骨董品などの重量物や割れ物なども並んでいる。
「あはは、見て見て誠ちゃん!」
声のした方を振り向くと、すずが黒くて丸い耳の生えたカチューシャを手に持って来て、僕の頭へと被せてきた。
「かわいい!」
一瞬しか見えなかったけれど、これって確か某テーマパークで売ってるやつなんじゃないかな……。
お店のスペースを探してみるとリボン付きもあるようだ。こっちはすずの頭に付けようか。
「じゃあすずも」
「えー」
目を付けたリボン付きの耳カチューシャを手に取ると、同じようにすずの頭にもつけるのだ。
不満そうな声を上げるけれど、嫌がった素振りがなかったので躊躇なく被せる。
うん。やっぱりすずに耳をつけるとかわいいね。
「あらまぁ、二人そろってかわいいわねぇ」
すずのかわいさを堪能していると、スペースの奥から声がした。
第三者からかわいいと言われるのは余りいい気はしないので、カチューシャを取りながら振り向くと、そこにいたのは店番をしているらしきおばちゃんだった。
「えへへ、ありがとうございます」
気をよくしたのか笑顔になったすずには悪いけれど、僕は逆に不満だらけだ。いや、すずをかわいいと言ってくれるのはいいんだけれどね。
手元のカチューシャを見ると二百円と値札が貼ってある。
……欲しい人にはいいかもしれないけれど、微妙な値段だよね。ここがテーマパークならともかく、耳をつけたまま学校をうろうろする気にはなれないよ……。
「ほら、次行こうか」
「あ、うん」
カチューシャを戻して隣のスペースへと向かう。
そうして僕たちは、待ち合わせの時間になるまではフリーマーケットを堪能したのだった。




