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「ふたりの願い」

船を出ても、クライストたちの姿はもうなかった。

・・・・・・もう・・・いない・・・そんな・・・・・・

彼らのことだ。私たちよりも速く王都に到着するすべでももっているのかもしれない。

私が落胆しかけたそのとき・・・馬のいななきが聞こえた。

「あ・・・」

おそらく、ランスロットが乗ってきた馬だろう。傷もなく元気なようだ。

「っ・・・・」

私は意を決して馬に飛び乗る。

馬は道にひづめの音を響かせて、王都へと飛ぶように走った。



「な・・・なんだあありゃあ・・・」

街は、いつもと違う喧騒に包まれていた。

皆が皆、王宮の方角を見上げては、ある者は指を指し、

ある者はあっけにとられ、また怯え逃げ出そうとする者までいる。

城下町の北、丘の上にそびえたつクレール王宮は、

その美しい外観を蒼光に覆われ、まばゆく輝いていた。

王宮からの光は天を突くように、まっすぐ空へと伸びている。

・・・・・・こんなこと思っては、いけないんだろうけど・・・・・・

・・・・・・だけど・・・綺麗・・・・・・

故郷テーベの、暖かい遠浅の海。その海の色に、すごく似ている。

深い深い・・・蒼・・・。




クライストは、レムとともにもう王宮へと乗り込んでいる。

王宮を覆うアグレアスの光が、何よりもその証拠だった。

私は馬を走らせ、騒がしい街の中をただひたすらに、駆け抜ける。

脳裏には、あのクライストの最後の瞳だけが、浮かんでいた。


・・・クライストさん・・・・・・

わかっている。レムが言うとおり、私たち人間には、どうすることもできない。

魔剣を宿した者の運命は変えることができないのだと。

・・・・・・でも・・・・・・

・・・・・・でも・・・あきらめることなんて、できない・・・・・・

何ができるかなんて、わからない。何もできないかもしれない。

それでも・・・

・・・そうだ・・・私、気持ち伝えてないよ。クライストさんに、私の、気持ち・・・・・・

開け放たれた王宮の門が見えてくる。

私は迷わず馬に乗ったまま、そこに飛び込んだ。

・・・人を好きになるってこと、本当の意味でわかったから・・・・・・

「伝えなきゃ・・・」

「クライストさんに・・・伝えなきゃ」



王宮の中は、目を背けたくなるほど、散々な有様だった。

人間と異形の死体が入り混じり、血のにおいと異臭が充満して息もできないほどだ。

・・・これ、まさか全部クライストさんが・・・・・・

・・・ううん、ウェルム団長かもしれないし、決め付けることは出来ないよね・・・・・・

息のあるものはいないようだった。

ほとんどの死体は、急所を確実に狙って苦しまないように絶命させられている。

「これ・・・」

なんとなくだが、これは彼の剣かもしれないと思えた。

意に沿わず、ずっとずっと命を奪わなければならなかった彼の心境は、

どんなものだったのだろう。

傭兵として毎日毎日、血にまみれていたのだろうか。

・・・でも、そんな中でも、こうやって・・・相手が苦しまないようにって・・・・・・

彼の子供たちに向けていた笑顔を思い出す。

子供好きするのは、多分、もともとの彼の性格なのだろう。

子供だけでなく、ラプタや動物にもそうみたいだった。

・・・いつのまにか、私・・・

そんなクライストさんの特別になりたいって思うようになってた・・・

他の女の子と同じじゃなくて・・・・・・


・・・たった一人の・・・・・・


そうして・・・

足の踏み場もないほどの廊下を奥へ奥へと進んだ先に、大きな扉が見えてきた。

・・・これは・・・この先は・・・中庭?・・・

王宮の奥には美しい中庭があると聞いたことがある。

見たことはないが、直感でなんとなくそう思えた。

「っ・・・・」

ぎぎっと、やけに重い鉄の扉を押し開ける。するとその先には―


「クライストさん!!!」


宮殿の中にあるとは思えないほどの、広大な中庭が広がる。

だが、元々綺麗に手入れされていたのであろう庭木も、花々も、

皆、無残に打ち倒され、潰されていた。

「きゃあっ・・・」

突然、ごうと強い突風が吹き、飛び散った花びらや枝、葉が灰色の空に舞う。

目をこらして見た先には、ちょうど中庭の中央。

・・・あ・・・・・・

ふたりの男が・・・対峙し、にらみあっていた。

片方の男の手には赤き剣・・・おそらく、魔剣ヴァエル。

もう片方の男の手には・・・・蒼き魔剣、アグレアス。

「ウェルム団長・・・。クライストさん・・・」




「小僧がああ!!」





ウェルムが仕掛ける。

地面を蹴り、振り上げたヴァエルからほとばしる、紅蓮の光。

ヴァエルは双剣の姿をしていた。持ち主の意思により、剣の形状も変わるのだろうか。

「・・・・・」

クライストが無言のまま、アグレアスでヴァエルを受け止める。

風が巻き起こった。それはまるで竜巻だ。

ふたりを中心に、あたりのものをなぎ倒し、あらゆるものの残骸を吹き飛ばす。

「あ・・・うっ・・・」

私はあわてて近くのかろうじて残っていた木にしがみついた。

飛ばされないよう懸命にしがみつきながら、彼らの剣戟を見つめる。

「この勝負、あいつの勝ちだ」

「・・・おじさん・・・」

いつのまにか、レムがそばにいた。

彼は腰までの長い髪を風になびかせながら、少しも動じることもなく立っている。

「あいつはアグレアスをその身に長く宿している。

もはやアグレアスと同化しているといっても過言ではない。

どんなに強大な力と魔力を手に入れても、使い方を熟知しなければもてあますだけだ」

「・・・・・クライスト・・・さん・・・」


「・・・・・・・・」

「くそっ・・・貴様・・・!!このっ・・・・」

紅の光と蒼光が交わるたび、地面が揺れる。大気が震え、風が巻き起こる。

アグレアスもそうだが、ヴァエルの衝撃も、すさまじいものなのだろう。

しかしクライストの一撃に苦悶の声をだし、体をぶれさせるウェルムと反対に、

クライストは微動だにしなかった。


終始無言で、ただ冷静にヴァエルを受け止めているだけだ。

その、彼の頑ななまでの無表情と不自然に蒼く輝く瞳。

・・・・・・もう、クライストさんじゃないみたい・・・

おじさんが言うように、もう殆どアグレアスが・・・・・・

それは思わず恐怖を覚えるほどに不気味なものだった。

「くっ・・・これなら、これならどうだ・・・!」

剣での攻撃は歯が立たないと悟ったのか、ウェルムが空間に炎を出現させ、

クライストへ放つ。

だが炎はクライストへと届く直前、現れた蒼き魔方陣に霧散させられた。

「なっ・・なにっ!!??」

目を見開くウェルム。クライストが素早く間合を詰める。

「・・・っ・・・ぐわああああああっっ!!!」

蒼き魔剣が、一気に、ウェルムのその体を貫いた。

その目を見開いたまま、倒れ付すウェルム。

世界最強と名高いエリート騎士団を率いた王宮騎士団長の、

あまりにもあっけない最期だった。

・・・ウェルム団長・・・・・・

倒れたウェルムの両手から、ヴァエルが消え去る。

「ヴァエルが・・・・・・」

「いまだ!レム・・・封印の準備を・・・」

それを認めクライストが私とレムのほうを振り返り・・・蒼い瞳が私の上で止まった。

「・・・イレイン・・・!?どうして・・・」

その目が驚きに開かれ、私を凝視する。

あの怖かった無表情が解かれて、胸に少し安堵が生まれた。


・・・・・・クライストさん・・・!!!・・・

伝えなくてはならないことがあると思って来た。

必死で来たけれど、何をどこから伝えればいいのかわからない。

「っ・・・・・あ、あの・・・・・私・・・・」

「・・・・・・・・・」

クライストはただ何も言わず私を見つめている。

「私・・・・・・」

息を吸い込んで、意を決した、瞬間。

レムが、にやりと笑うのが視界の隅にうつった。

・・・えっ・・・おじさん・・・?・・・

「・・・まさかこの俺が、お前らとの約束を律儀に守ると思っていたのか?」

「えっ・・・」

「レム!」

・・・どういう、こと・・・?

封印に力を貸してくれるって、確かにあのとき言っていたのに・・・・・・

・・・まさか・・・・・・

レムは鼻で笑った。不快な思いが、胸に生まれる。

「・・・おじさん・・・。私たちを、だましたの!!??」

「本当に愚かだな。面白いほど簡単にだまされてくれるものだ」

「・・・・・レム・・・・・君は・・・・・・・」

クライストの唇が呆然と言葉をつむぎだす。

だが、その顔は怒りよりも悲しみよりもむしろ、諦めに近いような表情だった。

心のどこかでこうなることを予感していたような、

そんな気もして私は慌て雑念を振り払う。

「さあアグレアス、そしてヴァエルよ。再生と破壊を司どるものよ。

時は満ちた。その強大な力でわれらを導きたまえ!!」

レムの叫び声と同時に、クライストの周りに帯状の赤い光が出現し、

彼の身体を取り囲む。

その紅の光に反応するかのようにクライストの体は青く光り輝いた。

紅蓮の光が蒼光に吸い込まれる。収束していく二つの光。

「う・・・あ・・・」


・・・クライストさん・・・!・・・


「ぁ・・・・ああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」

蒼と赤。二つの光が禍々しい色となり混合しクライストの体を蝕む。

「あ・・・あ・・・っっ」

身体中に刻まれた紋章から流れ出る、鮮血。

クライストは血まみれになりながら、自らの体を抱きしめ、かきむしり、

地面に倒れ悶えた。

「いやっ・・・いやああああ!!!・・・クライストさんっっ・・・クライストさん!!」

「だめだ!!・・・イレイン・・・!!にげ・・・ろっっ・・・」

たまらず駆け寄る私に、クライストが必死の形相で叫ぶ。

「だって・・・だって、このままじゃ・・・」

「小娘。あの魔力の渦に触れれば即死だ。命が惜しいのならばやめておけ」

涙があふれる。クライストのこんな姿を見て、じっとしていられる訳がない。

「嫌だよ・・・嫌だよ・・・・!!!!」

「イレイン・・・」

クライストが切なげな瞳で私を見つめる。

・・・そうだよ・・・まだ気持ちだって・・・ちゃんと伝えてないのに・・・!!・・・

「お前ら人間がどうあがこうともう遅い。

さあ・・・アグレアスとヴァエルの融合、ヴァリアスよ。

その肉体を喰らい、われらの前に御身を現せ!!!」

紅蓮の光とシアンの輝きが強さを増し、血だらけのクライストの身体を包み込む。


「ああああああああああああっっっっ・・・」

彼の姿が・・・光に掻き消えていく。

「クライストさんっ・・・!!やだ・・・やだああああああああっっっ!!!」

足は、勝手に駆け出していた。

残骸の中でひとり苦しむクライスト・・・その周りを取り囲む魔力の渦に、飛び込む。

「・・・馬鹿な娘だ」

「ああっっ・・・うっ・・・」

身体中を、激しい痛みが走る。

まるで鋭いもので一気に全身を突き刺されているような、そんな酷い苦痛だった。

目の前にクライストがいなければ、到底目をも開けていられないだろう。

・・・だめ・・・クライストさんが・・・いなくなっちゃう・・・

こんなところで・・・倒れるわけには・・・・・・

動かない足を懸命に前に出して、苦しむ彼に近づく。

「イレイン!だめだ・・・君まで・・・っっ・・・うっ・・・」

クライストの声が聞こえる。あと、もう少し・・・

痛みに遠のこうとする意識をぎりぎりで繋いで、血のついた彼の服に手を伸ばす・・・

「っ・・・イレイン・・・」

「クライスト・・・さん・・・」

痛みが体中を覆っていて、もうほとんど感覚なんかわからないはずなのに・・・

・・・・・・クライストさん・・・どうしてかな・・・あったかい・・・・・・

抱きついたその体は、なぜか優しいぬくもりを感じた。


・・・ねえ・・・お願い・・・ディーヴァ・・・・・・・

「・・・・・っ・・・・お・・・ねがい・・・クライストさんを・・・連れて行かないで・・・

・・・・・・つれて・・・・・・いかない、で・・・・・・・・・・」

「イレイン・・・・・・・」

・・・離れたくない・・・離れたくないよ・・・!!!・・・


「クライストさん・・・いかないで・・・っ・・・・・クライストさ・・・ん・・・・」

「・・・・・・・・イレイン」

耳元で、クライストの声が聞こえた。


そうして、彼の腕が私の背中に回ると同時に、ぎゅっと強く抱きしめてくる。

・・・クライストさん・・・・・・・・・

霞んだ視界で見上げれば、やさしく微笑むクライストの表情が見えた。

私は彼の身体に腕を回す。必死に。いっぱいいっぱいに。

それから、クライストも同じように私をきつくきつく抱きこむ。


「・・・クライスト・・・さん・・・わたし・・・わたし・・・」

伝えたい。伝えなきゃ・・・

・・・私・・・クライストさんの・・・ことが・・・・・・

「・・・クライスト・・・さ・・・・」

だけど・・・・・・・

言葉をつむぐはずの唇は、それ以上もう動かなかった。

目の前が急速に狭くなっていく。


・・・だ・・・だめまだ・・・まだつたえてな・・・・・・・


痛みに、意識が薄れ、つぶされていく。





・・・・・・・・・・・・・・ま・・・・だ・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「イレイン・・・っ!!!!イレインっっ!!!」

・・・・・・・・・・?何か頬に・・・つめたい・・・?な・・・に・・・・?・・・

・・・クライストさん・・・の・・・・こ・・・え・・・・・・・・?でも、もう・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・も・・・・・・・う・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「・・・・・・・・イレイン・・・・・っ・・・・・・・。・・・・うっ・・・・・ううっっ・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「・・・・・なあ・・・。・・・・・・

なあ・・・・・ディーヴァ・・・・・・・・?」




「・・・・お前たちにも・・・かつて・・・

かつて、大切な人がいたんだろう・・・・・・?」




「お願いだ・・・俺に・・・俺と彼女に・・・

もう少しだけ、もう少しだけでいい・・・時間をくれないか」




「ほんの少しの間でも、いいから・・・だから・・・どうか・・・・」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうか・・・・・・」




・・・・・・・・・・・・・・・・・クライスト・・・・・さん・・・・?・・・・・あ・・・・・・・・・

意識がなくなる。その寸前、唇にふわり、と暖かい何かが触れたような気がした。

・・・・・・この感じ、知ってる・・・あぁ・・・そっか・・・やっぱり、あのとき・・・

あの湖の、とき・・・・・・




「――――――」



「・・・本当にいいんですか?だってあの子は・・・」

「いいんですよ。私らはあの子が気に入ったんです」

「しかし・・・足も不自由な上に病弱で、お医者が言うには短命だって話も・・・

そんな子をわざわざお引取りなさらなくても・・・」


「・・・?」

・・・・・・ここ、どこだろう・・・?・・・

気がつくと、そこは見知らぬ芝生の上だった。

周りは茂みになっていて、話し声は茂みの向こうから聞こえるようだ。

茂みの中からのぞくと、小さな建物の前、三人の大人が話していた。

・・・・・・話してるのは・・・あのふたり、夫婦かな・・・?

もう一人は・・・あの白い建物、孤児院っぽいけど・・の人・・・なのかな・・・

老夫婦の夫のほうが口を開いた。

「子供はみな同じです。どうか願いを聞いていただけませんか」

孤児院の人は観念したようにひとつ息をつく。

「・・・わかりました。それならば・・・クライスト!!」

・・・えっ・・・・・・

白い建物の中から一人の黒髪の男の子が出てきた。

年のころは五歳くらいだろうか。足が不自由なのか、松葉杖で左足を支えている。

・・・クライスト・・・さんなの?でも、髪の色が・・・・・・

「今日からお前は、この人のところで暮らすんだよ」

利発そうな顔をした子供だった。どこかしら、クライストに面影がある気がする。


・・・まさか・・・あれって・・・――・・・


そう思った途端、急に目の前が闇に包まれ―。

目を覚ましたときには、私は今度は、ベッドの上にいた。

・・・・・・あれ・・・ここって・・・私の部屋・・・?・・・

「今までのは・・・夢・・・?」

「気がついたか」

「ライオネス!私・・・?」

「お前らな、王宮の中庭にふたりで倒れてたんだよ」

「ふたり・・・?じゃあ・・・!」

「あいつなら、先に気づいてどっかに・・・おい!まだ傷が・・・」

・・・クライストさん!!!・・・



・・・生きてる・・・生きてる・・・クライストさんが・・・、生きてる・・・!!!・・・



空はいい天気だった。

王都の近くには森と草原が広がっている。

草原の丘の上、一本だけ立った大きな木の下に・・・彼は座っていた。

黒い髪をそよ風になびかせ、目を細めて空を見上げている。

・・・黒髪だけど・・・・あれは間違いない・・・クライストさんだ・・・・・・

「クライストさん!!」

黒髪の青年が、こちらをはっと振り向く。

瞳の色は、深い黒茶色。

それでも、この人は・・・

「・・・イレイン・・・」

「・・・よかった・・・本当に・・・よかった・・・」

「・・・よく、俺だって、わかったね」

「わかるよ!だって・・・あ」

「・・・え?」

・・・夢・・?みたいなの見たってことは、言わないほうがいいのかな・・・・・・

「・・・髪の色が変わったって、クライストさんはクライストさんだもの」

「・・・・・・イレイン・・・・・」

かすかな風が、草原とふたりの間を駆け抜けていく。

クライストは、風になびいた黒髪の一房をつまんで、ぽつりぽつりと語り始めた。

「・・・アグレアスと契約してから、すべてが変わった。

髪の色だけじゃない、魔力を得ると同時に身体の不自由さはなくなるどころか

普通の人間以上のものになった。

・・・その代償は・・・あまりにも酷なものだったけどね・・・」

「・・・うん・・・」

「・・・もう、身体は大丈夫?」

「私は・・・。クライストさんこそ、ディーヴァに・・・」

クライストは笑った。

「・・・俺は平気だよ。・・・もとに戻っただけだよ、本来の俺に・・・」

「クライストさん・・・」

「・・・・・・・」

クライストはただ、静かに自分の手のひらを見つめた。

本来の自分に戻った・・・ということは・・・彼はもう、普通の人間なのだろうか。

それではアグレアスとヴァエルは・・一体・・・

「・・・ディーヴァは・・・どう、なったのかな・・・」

「・・・わからない。レムも、あのあとすぐに姿を消したらしい。

ライオネスたちが到着したときには、中庭には俺たち以外だれもいなかったって・・・」

・・・おじさんが・・・。でも、あのとき確かにヴァエルとアグレアスは

クライストさんを取り込もうとしてたのに・・・・・・

「・・・どうして・・・ディーヴァは、どうして、クライストさん?

だってあれほど・・・」

そうだ。あのときのために、魔剣という姿で命を狩り続けていたはずなのに。

「俺にも・・・わからないけど・・・だけど・・・」

クライストは一度言葉を切って目を伏せた。

「クライストさん?」

「・・・信じられないことだけど・・・願いを・・・聞いてくれたのかもしれない。

俺の・・・そして、君の」

クライストの黒い瞳がひた、と私を見つめる。

胸が騒がしくなりながらも、私はそのときのことを思い出した。

・・・連れて行かないでくれって・・・確かに頼んだけれど・・・・・・

「まさか・・・・」

「そうだな、俺もそう思うよ。

だけど、ディーヴァたちは魔族、魔族といえども、俺たちと同じ感情を持っていた。

そんなふうに考えれば・・・もしかしたら・・・」

「もしかしたら・・・」

クライストがうなずく。

・・・クライストさん、確か、確かあのとき・・・かすかにしか思い出せないけど・・・・・・

『・・・大切な人がいたんだろう・・・?俺と彼女に・・・』

・・・大切な、人って・・・・・・

もしかして・・・期待に膨らむ胸を押さえながら、

クライストのほうを見ると、ばっちり目が合った。

「・・・・・・っ」

「あ、あ、・・・ごめんなさい」

「・・・いや・・・」

クライストは気まずそうにちょっと下を向いて、木に手をつくと立ち上がろうとした。

「・・・そろそろ、行こうか。なんだか、風も出てきたみたいだし」

「あ・・・・」

平静を装って立ち上がろうとしているようだが、その足元はどこかおぼつかない。

・・・あ、あの夢の中で・・・・・・

『・・・この子は足が不自由で・・・』

「っ・・・久しぶりだからかな、うまく・・・」

左足が、動かないようだった。

懸命に右の足と木の幹についた手で支えようとしているようだが、

うまくいかないらしい。

私は脇からクライストの体を支えた。

「・・・ご、ごめん・・・」

「ううん、いいよ・・・」

そのとき、クライストの体がぐらと傾く。

「きゃっ・・・」

「っっ・・・!!!」

ふたりともバランスを崩して転倒し、気がついたら私の上には、

クライストが覆いかぶさっていた。

・・・あ・・・・・・

「ごっ・・・ごめん」

あまりにも間近に彼の身体があって、心臓が早鐘を打ち始める。

とっさに身を起こすクライスト。

「だ、大丈夫、私の支え方も悪かったのかもしれないし・・・」

彼が目を見開く。

「・・・・・・・・イレイン・・・・。知って、たのか?」

「!!」

「俺の脚がよくないって・・・」

「あ・・・・その・・・・」

もう、言い逃れはできなさそうだ。

私は仕方なく、夢?で見た孤児院の出来事を話した。

「それは・・・俺が子供のときの話そのものだよ。

・・・そんなことがあるんだ・・・」

クライストは、そういって私の髪に触れた。

彼の繊細な指が間近にあって、ドキドキしてくる。

「・・・怖かったんだ」

「え?」

「本来の俺は・・・魔剣を持っていたときのように、強くもない、

ましてや、身体も弱くて不自由で・・・なんの取り柄もない」

「そんな・・・」

「・・・本当の俺を知ったら・・・君に嫌われてしまうと思った」

私は思い切り首を振る。

・・・そんなことない・・・私は、魔剣の力を好きになったわけじゃないんだもの・・・・・・

「・・・それに俺の身体が不自由なことで、君にも迷惑をかけてしまう。

今だって、こうやって・・・だから」

「・・・・・・・・・・」

「・・・ごめん」

クライストが身体を起こす。私はその腕にしがみついた。

「っ・・・イレイン!?」

「クライストさん、私が言ったこと、覚えてないの?」

「え・・・」

「ディーヴァも何も、身体が不自由だとか、そんなの関係ないんだよ!

私は・・・クライストさんの気持ちが知りたいんだって・・・前に言ったよ・・・」

「イレイン・・・」

涙が、あふれる。だけど言葉は、とまらない。

唇から次々とこぼれ出て、止まらなかった。

「私は・・・私は・・・私にとっては・・・

前のクライストさんも、今目の前にいるクライストさんも、同じだよ。

変わったりするような気持ちじゃないんだから・・・」

クライストが、私を見つめる。心臓の音が、彼に聞こえてしまいそうなほどだった。

恥ずかしくて、恥ずかしくて、それでも目をそらしちゃいけない。

クライストの瞳は、今はあの鮮やかな色ではないけれど・・・澄んでいて綺麗だった。

彼がゆっくりと、口を開く・・・

「俺のそばにいないほうが・・・君は幸せになれると思ったんだ」

「・・・嫌だよ」

「それが・・・君のためだって・・・だけど・・・」

「クライストさん・・・」

「・・・こんな俺でも・・・一緒に・・・歩いてくれるっていうのか・・・?

君は・・・」

私はしがみついた彼の腕を改めてもう一度、抱きしめた。

この人をずっと好きでいる。その決意をこめて。

「・・・一緒にいるよ。ずっと、一緒にいたい」

「・・・イレイン・・・」

クライストの瞳が潤む。微笑んで、彼は私の頬にそっと触れた。

・・・・・・クライスト、さん・・・・・・

「・・・イレイン・・・。ありがとう・・・」

その指の滑らかさと優しいぬくもりに、思わず目を閉じる。

もう一度目を開けたら・・・彼が睫も触れそうな近くで微笑んでいた。

「・・・・・・・・。・・・・・・愛してる・・・・・・」


そのまま、その言葉とともにクライストの綺麗な顔がゆっくりと近づく。

私は誘われるように瞼をまた閉じて・・・彼の唇を受け入れた。

暖かくて、優しくて。彼のキスを受けるのは・・・きっとこれで三回目だ。


・・・・・・クライストさん・・・大好き・・・・・・

・・・何があっても・・・一緒にいるからね・・・・・・

口づけと一緒に互いの指と指をいっそう強く絡ませて。

二人の想いも、きっと深く絡み合っていく。

丘の上のそよ風がそんなふたりを祝福するように柔らかく、吹き抜けていった。


End.

いろいろと拙い点のあるお話だったかもしれませんが、読破していただき、感謝です。

長くなってしまいましたが、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。



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