「その言葉の意味は」
○王都にしばしの平穏が訪れる。
だが、イレインの頭の中には、エルムナードで聞いたヴァエルの言葉が不気味に残っていて・・・
そうして・・・・・私たちはたくさんの犠牲を出しながらもエルムナードに勝利した。
王都に凱旋するとたくさんの市民たちが歓声をあげ、街は祝賀ムードに包まれる。
だが、大切な者の訃報を聞き、その場にくずれおちる人が視界に入ると単純には喜べなかった。
地方騎士団が壊滅的な打撃を受けたのと反対に、王宮騎士団はほとんど負傷者を出してはいない。
当然だ・・・戦闘が始まったと同時に、ウェルム団長が撤退命令を出したのだから・・・。
地方騎士団も王宮騎士団も、負傷者の手当てや亡くなった人の埋葬など、しばらくは後始末に追われ、目の回るような忙しさだった。
でもクライストのおかげで負傷者の手当ても手間がなく、だいぶ早めには落ち着きそうだ。
命を落とした騎士たちを丁重に弔い、ガイアの森で手を合わせる。
たくさんの人が亡くなってしまったけれど、これでもう、異形に苦しめられることはなくなるのだろう。
王都の復興もきっとうまくいく・・・。私はそう願いながらも、命を賭した英雄たちに敬意を表し目を閉じた。
それから、数ヶ月後。
人々は悲しみをなんとか乗り越え、街は復興も波にのり、以前のようなにぎやかさを徐々に取り戻し始めている。
まだまだ元通りには程遠いが、ルシアが倒されたのもあって、希望の光が見えてきたのは確かだった。
そんなある日。私は突然団長に呼びだされた。
・・・団長・・重要な話ってなんだろう・・・何か私やらかしたかな・・・それとも異形のこととか?・・・
ルシアが倒れたとはいえ、異形が消滅することはなく、まだ王都の周辺では異形が見られることがたびたびあった。
大きな戦いは終わったものの、まだまだ気は抜けないところは多い。
うんうん考え込みながら廊下を歩いていると、ふいに声がかかった。
「イレイン!」
・・・あれ、この声・・・
よく通る澄んだ声に顔を上げると、懐かしい顔がそこにあった。
「セレさん!!!」
もうだいぶ会ってなかった気がする。私はセレさんに駆け寄った。
「セレさん、フランチェスカから戻ったの?」
セレさんはルシアとの戦いが始まる前、フランチェスカに出張していたのだった。
セレさんはうなずいた。
「ああ。父さんからの手紙で、エルムナード侵攻がはじまると聞いて・・・すぐに駆けつけたかったのだが、こちらも落ち着かなくてな・・・」
「セレさん・・・」
「結局、戦いに参加することはできなかった。・・・申し訳ない・・・」
セレさんが目を伏せて謝る。私は首を振った。
「いいよ。だってそれに、フランチェスカの人たちもセレさんがいて助かっただろうし。、ルシアにも勝てたし。セレさんが気にすることないよ」
「イレイン・・・」
セレさんが感慨深げに私を見つめる。
私がうんとうなずいて見つめ返すと、セレさんはふと気づいたように手に持った袋を差し出した。
「ああ、そうだ、これを」
「?」
私は袋の中を覗き込んで・・・
「あ!フランチェスカパイ!!やったー!!!」
「お詫び・・・などというわけにもいかないのだが、たくさん手に入れてきたから、あとで一緒に食べよう」
「うん、うん!!」
・・・このパイ、クリームがたっぷり入っててすんごく美味しいんだけど、フランチェスカまでいかないと手に入らないんだよね・・・
「しかし・・・・父さんもお前も皆・・・無事でよかった」
セレさんが心底安堵した表情で言う。私はうなずいた。
「セレさん・・・そうだね、トリスタンもね」」
「え?」
「あ、あ、ううん、なんでもないの。これから、団長のところ?」
「ああ。今ちょうどついたところなんだ。到着の報告をしないとな」
「じゃ、一緒に行こう?」
私とセレさんはフランチェスカでのことや、本部であったことなど話しながら、団長の部屋へ向かった。
「失礼します・・・、と・・・」
・・・みんなそろってる・・・。なんだろう・・・
部屋にはクライストとライオネス、トリスタンがいた。
団長も加え、皆が神妙な表情をしている。なにやら深刻な雰囲気だ。
・・・どうしたんだろう・・・
「おお、セレ、戻ったのか。手紙では明日という話だったが、早く到着したようだな」
「はい。・・・戦いに参加できず、大変申し訳ありません・・・」
「気にすることはない。クライストのおかげで、ルシアにはなんなく勝つことができた」
「クライストが・・・」
セレさんがクライストのほうを見ると、彼は肩をすくめた。
「自分で思ったほど大活躍はできなかったんだけどね。だけど、役にたったならよかったよ」
「クライスト・・・。だが、ありがとう。地方騎士団に協力してくれて・・・父さんもすごく助かったようだし」
セレさんがクライストに微笑む。クライストはにっこりと笑みを返した。
「君のような美女にそんなことをいってもらえるなんて、協力した甲斐があるなぁ。なんなら今夜食事でも・・・」
「ふざけるな貴様っっ!!」
すかさずトリスタンが横槍を入れる。クライストは心底おかしそうに笑った。
「あっははは・・・冗談だよ、冗談」
トリスタンが今にも噛み付きそうな勢いでクライストを睨む。
セレさんがため息をつき、ライオネスはやれやれと言う風に首を振った。
「・・・まあ・・・だ、クライストの協力もあり、とりあえずルシアとの戦いは決着がついたわけだが・・・」
気をとりなおすようにグレッグ団長が口を開く。
その気になる言い回しに私がグレッグ団長のほうを向くと、団長は眉間に皺を寄せた。
「団長・・・?もしかしてまだ何か問題でも・・・?」
団長は目を閉じて、うなずく。
「そのとおりだ。イレイン。今日お前を呼んだのは他でもない。そのことについてだ」
「・・・」
いやな予感を感じ、私は思わず黙り込む。せっかく異形の騒動も治まってきたというのに・・・。
「セレ、お前もいいタイミングだった。イレインと一緒に、話を聞いてもらいたい」
「父さ・・・団長。・・・はい」
団長のその厳しい口調に、セレさんも表情を引き締めたようだった。
「・・・クライスト、さっきの話の続きを」
「・・・わかりました」
団長がクライストに目配せをして、さっきまで笑っていた彼は真顔になり・・・淡々と話しはじめた。
「魔剣ヴァエルが・・・まだ!?」
私は思わず声をあげた。クライストがうなずく。
「ルシアは確かに俺が倒した。だけど、持ち主を失った魔剣ヴァエルは、俺たちには不可視の姿でさまよっている」
「剣が不可視の姿・・・??」
魔剣の説明をされたセレさんが考え込む。
「魔剣は、普通の武器とは違う。精神世界に存在する思念・・・ディーヴァが、持ち主と契約することで、この世に武器の形を成したもの」
「ディーヴァって・・・あのときの・・・」
私が聞き返して、クライストは首を縦に振った。
「そうだよ。イレインちゃんには、あの言葉が聞こえちゃってたんだね」
「どういうことだよ?じゃあ、ルシアを倒してもヴァエルがクレールを襲ってくるってことなのか?」
ライオネスの質問に、クライストはしばし思案するように視線を落とす。落としたまま、口を開いた。
「・・・本来なら、ディーヴァは持ち主となる者を探し力を与えるだけで、一国に復讐する意思を持つということは聞いたことがない。だけど・・・」
「・・・だけど?なんだよ」
「だけど、ヴァエルが俺に言った、あの最後の言葉・・・」
「最後の・・・って、クライストさん?」
クライストが顔をあげ、その場にいる面々を深刻な面持ちで見渡す。
「『我の復讐を邪魔するな』ヴァエルはそういった。おそらく持ち主であるルシアとの利害の一致を利用して、ヴァエルがクレールへの復讐を考えていたんだと思う」
・・・魔剣ヴァエルが、クレールに・・・復讐・・・!?
「・・・・・・。しかしこれまでの話からすると、ヴァエルは思念のようなものだというのだろう?それが復讐と言われても、ぴんとこないが・・・」
セレとともに魔剣の説明を受けたトリスタンが腕を組む。続けて団長が問うた。
「・・・そうだな。思念といわれても・・・。一体ディーヴァというのは、なんの『思念』なのだ?」
「・・・・・・・・・・」
「クライストさん?」
クライストはしばらく逡巡し・・・言うべきかどうか迷っているようだったが・・・やがて重々しく言葉を紡ぎだした。
「ディーヴァは、古代魔族の思念が昇華し、結晶したもの」
「なに!?」
団長が声をあげる。
「古代魔族・・・って・・・」
トリスタンとセレは顔を見合わせ、ライオネスは声も出ないようだった。
・・・こ・・・古代魔族・・・聞いたことがないわけではないけど・・・
何百年も前に絶滅した、古の種族。人間とは異なり、特殊で様々な能力を持っていたと言われている。
・・・そんなのの思念が・・・魔剣ヴァエルを作り出すっていうの・・・?・・・
信じられない話だった。思念というあやふやな存在が、武器となるなんて・・・
「その古代魔族の思念である、ディーヴァが・・・クレールに復讐するってことなの・・・?でも、どうして・・・」
クライストを見ると、彼は瞑目してじっと考え込んでいる様子だった。
「なんか、うらみがあるってことなのかよ?」
ライオネスが言って、ようやく目を開ける。
「・・・・全く、・・・無関係、ということはないと思う」
言葉を選びながら発言しているような感じだった。
「・・・では、クレールは今度はルシアではなくヴァエルに狙われているということなのか・・・・」
「父さん・・・」
団長が眉間に皺をよせ、唇をかみしめる。それを見たセレさんが団長のそばに寄り添った。
「おいクライスト貴様!なぜちゃんとヴァエルまで始末してこなかった!?」
「とりあえず、落ち着いて。ヴァエルはあくまでも『思念』で、精神世界に生きるもの。俺たちに物理的に危害を加えることはできない」
「そ、そうなのか!?」
「そう。宿主・・・持ち主を探して力を与え、剣という形で具現化を果たさなければ、ね」
「では、持ち主を手に入れれば・・・?」
団長が心配そうにクライストに問う。セレさんも、トリスタンもライオネスも同じような表情だった。クライストは彼らの顔を見つつ、答えた。
「持ち主の意思によりヴァエルが制御されている間は、必ずしもクレールへの脅威になるとは限らない。ただ、ヴァエルにとりこまれた場合には・・・」
「取り込まれる!?って・・・」
「・・・本来魔剣の力は、人間には到底制御できるものじゃない。そういうこともありえるってことだよ」
「・・・・・・・・・・」
・・・ということは・・・
「今は大丈夫だけど、いずれは・・・ってこと?・・・それなら、やっぱりヴァエルはなんとかしないと・・・」
私の言葉に、クライストがうなずく。
「そうだね。俺も、いろいろ調べてみようと思うよ。なにしろ、古代魔族のことは分からないことも多いからね」
「ディーヴァ・・・古代魔族とクレールとの関係、か・・・」
「魔族・・・にわかには信じがたいが・・・そんなもの、伝承や御伽噺でしか聞いたことないぞ」
ライオネスがつぶやき、トリスタンがいぶかしげな表情でクライストに言う。クライストが目を伏せた。
「・・・そうだね。俺も最初はそうだった」
「クライストさん・・・」
「だけど、この力、魔剣が与える魔力は、人間には決して使うことのできない異質な力。このことこそが、魔族の存在したことを証明しているような気がする」
「クライスト・・・」
セレさんがクライストを見て目をすっと細める。セレさんも、思い出しているのだろうか、ライオネスの傷を治したときのこと・・・
傷を治す不思議な力、そして目の前に立つ敵をもあっという間に粉砕する、驚異的な力・・・魔力。
彼の力がなければ、きっと多くの人たちが命を落としていたに違いない。
・・・だけどもし、その力が敵に回ったら・・・私たちは・・・
クライストがいなければ、クレールはルシアに確実に滅ぼされていただろう。
強大な力。心強く感じると同時に、どこかしら恐怖も覚えた。
・・・ルシアとの戦いのあと苦しがってたのも・・・人間の器では扱えない大きな力だから、なのかな・・・
今は平然としているクライストだが、そのときのことを思い出すと胸が痛んだ。
「ともかく、まずは、クレールの過去になにがあったのか・・・そこに魔族との関わりがないか調べてみます。そこから、ヴァエルをなんとかする方法が見つかるかもしれません」
クライストの声。はっと我に返って顔を上げると、団長が彼に深くうなずいているところだった。
「わかった。すまないが、頼んだぞ、クライスト。ライオネス、トリスタン、お前たちも手伝ってやれ」
「えっ・・ええっ・・・!?」
「・・・ですが・・・・」
前者はライオネス、後者はトリスタンだ。
「通常の業務は免除し他のものにやらせる。王国の危機にかかわる問題だからな」
「・・・わ・・・わかりました・・・」
「団長が、そうおっしゃるなら・・・」
「それじゃ行こうか、ライオネス、トリスタン」
「・・・・・てめクライスト・・・既に仕切ってんじゃねえよ・・・・」
ぶつぶつ言いながら男3人が出て行った後、部屋には団長と私、セレさんが残された。
「クライストさん・・・騎士団員でもないし、クレールには何の関わりもないのに、どうしてあそこまで・・・」
ルシアを倒すのに協力してくれるばかりではなく、クレールの危機を救おうとしてくれている。
ありがたくないわけではなかったけれど、魔剣の持ち主とはいえ、ただの傭兵の彼がそこまでしてくれるのが少し疑問でもあった。
「そうだな・・・彼が力を貸してくれるのはありがたいことではあるが・・・」
「父さん?」
「・・・もしかしたら、ヴァエルを逃したことに責を感じているのかもしれん」
「・・・団長・・・」
・・・そう、なのかな・・・
そういわれてみれば、そうかもしれないと思える。だけど・・・そうとも言い切れない気がする。
・・・なんだろう、他にも理由があるような感じもする・・・それが何だとははっきりいえないけど・・・
「表面的には軽そうだが・・・意外に思慮深いところもあるようだからな」
セレさんがうなずきながらそう口にする。
・・・そのへんは確かに・・・なんだかんだ言うけど、頼まれたことはちゃんとやってくれるし・・・トリスタンよりしっかりしてるかも・・・なんて・・・
「このことは、王宮にも伝えるか・・・いや、いらぬ混乱を招く可能性もある。・・・まだ知らせないほうがいいかもしれんな」
「そうですね・・・差し迫った脅威というわけではありませんし・・・クライストの立場もあるでしょうし」
・・・セレさん・・・そっか・・・ルシアを倒したのにヴァエルがなんて言ったら、クライストさんも王宮のほうから責められるものね・・・
「うむ・・・しばらくは、街の復興を手伝いつつ、秘密裏にヴァエルのことを調査するしかないだろう」
「ええ・・・」
団長の言葉に、セレさんがうなずく。
私はヴァエルを調べるといって出て行った、クライストの後姿を思い出した。
・・・クライストさん・・・
同時に、エルムナードの城下町で聞いた、あのヴァエルの『声』が頭に響く。
『いずれお前は、我らの贄よ・・・。我が力を高めるそのときまで、首を洗って待っているがいい・・・』
まったくもって意味がわからなかった。
私が考えたって、わかるようなことでもないのかもしれない。
だが、どうしても気になって仕方ない。
・・・クライストさんに、聞いて、みようかな・・・
いつものように笑ってはぐらかされるだけかもしれないが、とりあえず聞いてはみたい。
私は団長に声をかけた。
「あ、あの私はとりあえず、街にいってきます。み、見回りもしなきゃだし・・・」
団長が微笑む。
「ああ、すまないが頼んだぞ、イレイン」
「はい!それじゃセレさん、またあとでね」
「ああ」
セレさんも微笑む。笑った感じは、団長とそっくりだ。
やっぱり、親子だから似てるのかなと思いつつも、私は団長の部屋をあとにした。
「あれ、イレインちゃん」
クライストは案外すぐに見つかった。
調査、といえば本のある場所だろうと思い、郊外の図書館にむかったら案の定だったのだ。
王都の図書館は、レンガ造りのどっしりした建物だ。
結構広くて大きい。王都の大通りからもよく見えた。
中には、王都の歴史を書いた難しい本から子供も楽しめるような物語まで様々な本がおいてある。
ちょうど、クライストは図書館からでてきたところだった。
「もしかして、俺のこと探してたとか」
話しかけると、そういって彼はいつものほうに妖艶に微笑む。
ちょっとどきっとしながらも、私は彼と一緒にいたライオネスとトリスタンがいないことに気づいた。
「あれ、ライオネスとトリスタンは・・・?」
「あー、彼らね。俺が色々調べてる間にライオネスが昼寝しちゃってさ。トリスタンが今起こしてる」
・・・ライオネスってば・・・
私の微妙な気持ちに気づいたか、クライストが笑った。
「まあ、仕方ないよね。静かで退屈だったら、眠くもなるよ」
・・・というか・・・クライストさん以外何もしてないんじゃ・・・
図書館で昼寝するという態度からして、なんだかやる気もなさそうだ。
・・・まあでも、ライオネスだから仕方ないのかな・・・
そんなことを考えつつも、私はここにきた目的を思い出した。
「あ、あのねクライストさん・・・私、こないだその、エルムナードに行ったときにね・・・」
「?うん」
「その・・・」
・・・ヴァエルの・・・
なんと、聞いたらいいのだろう。どうも説明がしづらい。
私が惑っていると、クライストがひとつ息をついた。
「・・・ああ、君にも聞こえてたのかな」
「く、クライストさん・・・」
「ヴァエルのことでしょ?」
なぜわかってしまうのだろう。私がこくこくとうなずくと、クライストは空を仰いだ。
「・・・うーん・・・どう説明したらいいのかわからないな」
「え・・・」
「教えてあげたいのは、やまやまなんだけどね」
「はあ・・で、でも、あれって魔剣ヴァエルの、その・・・確か、ディーヴァ、だっけ・・・、の、声、なんだよね?」
クライストがさっき団長の部屋で話していたことを思い出して、私はおずおずと問う。
クライストはひとつ、息をついた。
「・・・うん。そうだよ。まあ俺も、あそこまであからさまに話しかけてくるとは思わなかったけど」
・・・でもディーヴァって、思念体、とかいう実体のないものだったような・・・?
私は首を傾げる。クライストがそれを見て、目を伏せた。
「厳密には『声』というわけではないよ。ディーヴァは、俺たちの精神に直接働きかけるから。精神に干渉することで、言葉を伝えてるんだ」
「はあ・・・」
・・・想像、できないけど・・・
クライストは笑った。
「そうだろうね。俺もこんな体じゃなきゃ、到底理解なんかできそうにもない」
「こんな体・・・?」
どういう意味なんだろう。同時に、エルムナードで彼が苦しんでいた姿を思い出す。
その姿と、ヴァエルの発した贄という言葉が、なぜか妙に合致するような気がして・・・
『いずれお前は、我らの贄よ・・・』
クライストは、ディーヴァたちの贄、ということなのだろうか。
・・・クライストさん・・・?・・・あれって・・・
「ね、ねえ・・・あのとき・・・ヴァエルが、贄って・・・」
「悪い悪い、遅くなったな」
聞きかけたとき、トリスタンがあくびをしているライオネスを引き連れて図書館から出てきた。
「かまわないよ。じゃあ、行こうか」
クライストがさっさと歩き出そうとする。私は慌ててその背中に声をかけた。
「あ、あのクライストさん!あのときの、ヴァエルの言葉の意味って・・・」
クライストが振り返る。
「!」
思わず息を呑んだ。その、背筋が凍るような、彼の冷酷な瞳。
「く、クライスト、さん・・・」
だが、そういった次の瞬間、ふっとクライストはいつもの笑みを浮かべる。
そうして、こう言った。
「・・・君が気にするようなことじゃないよ」
「え・・・」
目を見開く私に、クライストはもう一度、微笑む。
いぶかしげにこちらを見ているライオネスとトリスタンに声をかけた。
「さあ、ライオネス、トリスタン、行こうか」
・・・クライストさん・・・
私も連れて行ってと頼もうと思ったが、団長から依頼されているのはあの三人だ。
通常の仕事を放棄するわけにもいかない。
私はそれ以上は何も言えず、ただクライストたちの後姿を見守る。
『気にするようなことじゃない』そう言った、あの最後の微笑みが、すごく寂しげに見えたのは・・・
気のせいではなかったように思う。
私は仕方なく街に戻ると、復興の手伝いを、続けた。