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芸術という名の殺人  作者: 真白なつき
第1章 幕開けの章
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第6話 はじめまして(1)

――五階、部屋へとつながる唯一の扉の前。


 その場に立ち止まり耳を澄ますが、やはり何の物音も聞こえてはこない。

 もしかしたらこの廃墟にいるのは僕だけで、あの時の物音も僕の空耳という底抜けに馬鹿な勘違いをしでかしているのではという一抹の不安を感じながらも、目の前にそびえる扉に根拠のない期待を抱く。


 この先に、きっと僕の求め続けてきたものが存在している。


 扉のノブに意識を集中させながら、静かに深呼吸をする。

 後ろ手に持ったナイフを握り直し、意を決して扉をゆっくりと押し開けた――。



「――――っ!」



 眩、む。



 扉を開けると同時に、痛いほどの白――光が僕の網膜を刺激した。

 暗がりになれた瞳に眩い光が容赦なく突き刺さる。

 思わず怯んだ僕は反射的に目を細め――その一瞬の出来事だった。


「――ぐ、」


 脇腹に衝撃が来たと理解した時には僕の身体は宙を舞い、そしてすぐさま二度目の衝撃が僕を襲った。

 受け身も取れないまま頭や腰を床に打ちつけた、その衝撃。


 息が詰まり、焼けるような痛みが身体を駆け巡る。

 とっさに攻撃を受けた方に視線をやった。


「――――」


 誰かが僕の顔に光を当てながら近づいて来る。

 そいつに対抗しようと身体を持ち上げ、しかし先ほどのダメージで頭がふらついた――その刹那。


「う、」


 頭を鷲掴みにされ、床に容赦なく打ちつけられた。

 そのまま床と仲良しこよし――なんてことはなく、そいつによって僕の頭はもう一度持ち上げられる。


 そして、床へ。


 耳元で自分の脳細胞が破壊される音を聞きながら、その回数を数えてみる。

 一回、二回、三回、……ああ、その先は? なんだかよく分からない。


 何度も何度も、まるで作業のようにそいつはただただ僕の頭蓋にダメージを与え続ける。

 しかもその間、そいつは一言も発しない。

 意識が朦朧としてきて、意外とヤバイかもなあとぼんやり今の状況把握に努める。


 あー、殴打は避けたかったんだけどなあ。いや、でも拳で殴ってるわけではないのか。というかそんなことはどうでもよくて、なんで素手勝負? 普通刃物で脅したりとか、そういうアクションがあるんじゃないの? 初めから殺しにかかる感じ? こいつ、ほんとクレイジー。

 HAHAと語尾につきそうなテンションでもって心の中で呟いた。


 そして。


――よし、僕にはまだ余裕がある。


 幾度目かの頭蓋への衝撃を甘んじて受け入れながら、僕はなけなしの力でとっておきを振りかぶり、重力に任せて振り下ろした。


「――ぐ、」


 手ごたえ。

 ここに来て初めて、相手の攻撃の手が止まる。


 僕が繰り出したナイフは、どうやらそいつの腕に突き刺さったようだ。

 僕の頭のシェイクに没頭していたばっかりに、この反撃の気配には気づいていなかったのだろう。


 馬鹿なやつめ。強気に悪態をついてみる。

 もちろん心の中で。

 度重なる攻撃を受けながらもナイフを落とさなかった自分を褒めてやりたい。


 それから僕は、今度はそいつの腕に埋まったナイフを勢いよく引き抜いた。


「が、あ」


 相手が呻く。

 声から判断するにどうも男のようだ。


 カラン、と音がして光が床を滑っていく。

 どうやら男がライトを取り落としたようだ。


――そしてかくいう僕はというと。


 刃を引き抜くのに使った力の大きさに耐え切れず、しびれた腕からそのままナイフを取り落とす。

 男にそれを取られる危惧も考えられなくはないが、実際その心配はないだろう。

 僕の予想がもし当たっているならば、やつはこんなちっぽけなナイフよりもっと素敵な凶器を持ち合わせているに違いない。


 ジーパンを通して男の血液らしきものが染み込んでくる。

 男は執念深く掴んでいた僕の頭を振りかぶり、苛立ちも隠さず床に叩きつけてからようやく手を離した。


 先程しか耳元で嫌な音しかしない。

 もう好きにしてくれって感じだ。


 相手にとってこちらのこのような反撃は予想外だったのだろう。

 随分とご立腹のようだ。


 そうやってゆるりと男の観察を続けながらも、僕は木偶の坊のようにただ横たわっていることしかできない。


――ああ、ダメだ。意識が飛びそう。


 彼は止血でも試みているのか、黒い塊が視界の中をもぞもぞと蠢いている。

 ポタポタと液体が床に落ちる音が断続的に聞こえてきた。


 床に転がるライトの光を頼りに、そいつの容姿をとらえる。

 やはり、男。

 それにおそらく僕より年上だ。

 全く、子ども相手にとんだご挨拶である。



「――おい」


 男が、僕らの出会いから初めてまともに口を開く。

 ほの暗い視界に男の靴がいっぱいに映った。


「おい、何か答えてみろ」


 悪いね、生憎今の僕には声を発する気力がないんだ。

 あんたのせいだけど。


「……死んだのか?」


 人のことを勝手に殺さないでほしい。

 実際、すごく死にそうな気分だけど。


 ひた、と首筋に体温の感じられない指先が触れる。

 男の指だ。どうやら手袋をはめているらしい。


 夏に、手袋。

 どうも怪しい香りがする。


 そして男がなぜそんな行動に出たのかというと。


「なんだよ、生きてるじゃねえか」


 吐き捨てるように言い、僕の腹を蹴り上げる男。

 どうやら自分が危害を与えた相手の脈を測っていたようだ。


 だから生きているんだってば。

 喋るのが億劫なだけで。


 今だけこの見ず知らずの男と以心伝心できればいいのに。

 これ以上勝手に勘違いして勝手に苛立たれては、僕の生命が危ぶまれる。


「子どものくせに一丁前にナイフなんか持ち出しやがって。この馬鹿野郎」


 男がさらに強く、僕の無防備な腹に一撃を加えにかかる。


 詰まる息。

 ごぽ、と咳が飛び出した。


 胃から、おそらく昼食のコンビニおにぎりがせり上がってこようとするのをなんとか堪える。

 しかしそれも束の間、今度は胸焼けが僕を襲う。


 まったく、僕は病弱かよ。


 男はどうやら、僕が子どもだからと油断していたらしいのだが。

 もしかして先程の攻撃、手加減していたつもりなのだろうか。


 だとすると過激にも程がある。

 おかげでこっちはフラフラだというのに。

 しかもなんだか、寒気までしてきたような。

 待て待て待て。今は確か夏のはずだが。



 その時ふと、遠くを見た僕の目に妙なものが映った。


 放置された男のライトにほのかに照らされる、大きな何か。

 この部屋の中央辺りに、年季の入った床の上に僕と同じように寝転がっている、異様な物体。

 暗がりの中、目を凝らす。


――そして。



「――……けた」


 久しぶりに出た声は、笑えるぐらいに掠れていた。

 その声に男が反応する。


「なんだ。喋る気になったのか?」


 男の問いを無視した。今度は自発的に。

 急速に、頭が、身体が、再起動を始める。


 男の問いに答える、だとか。

 今の僕は、まったくもって、それどころじゃなかったのだ。



 あの、異様な物体の正体を認めた僕は。

 

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