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芸術という名の殺人  作者: 真白なつき
第1章 幕開けの章
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第5話 死体探し(3)

 

 ビクリ、と震える肩。


 右足は二階、左足は階段の一段目に載せたまま、廃墟を震わせた大音量に息をするのも忘れて目をみはる。


 突如として発生した、先程僕が起こした落下音とは比べ物にならないような巨大な音の謎に、僕は思考を巡らせた。


 果たしてその正体は?

 上階から聞こえたようだが、偶然何かが倒れでもしたのだろうか――。


 否、とすぐさま自らの問いに反駁する。

 そういう類のものではなかったと、僕はそう直感していた。


 一つはタイミング。

 僕が音をたてた直後という、狙ったような瞬間。

 まるで呼びかけに応えるようなあの間合い。

 

 そしてもう一つは音。

 なんとなく、本当になんとなくだが――まるで怒っているような、そんな感情の爆発を僕はあの音から感じたのだ。

 出ていけ、邪魔をするなと、まるで姿の見えない相手を脅すような、そんな敵意の爆発を。


 それは僕に対する誰かの反応であると、僕はそう直感していた。



   ◇


 

 ドクドクと胸を叩く鼓動。

 僕は今この時ほど、自分の心臓の音がうるさいと感じたことはなかった。

 それに合わせて自然と浅くなる呼吸。


――僕はもしかしたら、意外にも小心者なのかもしれない。


 そんなことを心の中で嘲りながら、その場に立ち止まって深く息を吸い、吐く。


 現在、僕は廃墟の四階部分に達していた。


 あの後――敵意丸出しのご挨拶をぶつけられた後、僕はその音の発生源を探るべく上階へと歩を進めていた。

 なるべく音を立てず、どうも気性が荒いそいつを刺激しないよう神経を尖らせる。


 そもそも、なぜ僕は実在するかも分からないそいつに会いに行こうとしているのかというと。

 予感がしたから――そんな曖昧な答えを用意することしか僕にはできない。


 死体探しのために訪れたこの廃墟で。

 人っ子一人いないはずの、時が止まったこの場所で。

 

 誰かの存在を感じるということは、もしかしたら現在進行形で死体がつくられているのかもしれないというどうしようもない期待を僕に抱かせるのだ。


 普通の人なら恐怖に慄くそのシチュエーションは、僕にとっては探し求めていた夢のようなチャンスなわけで。

 この機会を逃す選択肢など、僕の中には一切なかった。


 ズボンのポケットの中に手を滑り込ませる。

 冷たい何かに指先が触れ、僕はたまらなく笑みがこぼれた。


――折り畳み式のナイフ。


 死体探しの際、いつも持ち歩いている僕の相棒である。

 残念ながら今までその刃を血で濡らしたことはないのだが、もしもの時のために今日も今日とて隠し持っていたこれが、ついに役立つかもしれない時がやってきたのだ。


 なぜなら死体があるということは、もしかしたらその死体を創った人物が凶器と敵意を持って、そこに待ち受けているかもしれないのだから。


――凶器と敵意をあわせ持つ人殺し。


 僕としてはぜひその死体の創作者に詳しく話を聴いてみたいところなのだが、あいにくそんなフレンドリーな人殺しにはなかなかお目にかかれないわけで。


 たとえそいつに対して、僕という人間の人生史の中でもこれ以上ないくらいに友好的な笑顔で温かな交流を求めたとしても、所詮相手にとって僕は犯行を目撃した(かもしれない)抹殺すべき人間でしかないのだ。

 そして人殺しという罪を犯した者にとって、その罪の発覚を免れるとするならば一人も二人も大して変わらないと、そう一瞬のうちに考えるのは自然な発想だといえる。


 それならば僕は一応の対抗策を用意する他ない。

 僕だって死体を拝む前に、もしくは死体を拝みながら誰かに殺されたいとは思っていない。


 それならばわざわざ人殺しの前に姿を現さず、時を改めて死体だけを眺めに行けばよい話だと言われるかもしれないが、それではもう遅いかもしれないのだ。

 死体の新鮮さを求めるのはもちろんだが、それ以上にいつ誰に死体が発見され、善良な市民によって通報されるか分からない。


――そしてなにより。

 僕は人殺しと相対するというリスクを冒してでも、その人殺しの話を聴きたいとどうしようもなく熱望しているのだ。


 例えば僕のお気に入りである、刺殺。


 人の肉体に刃が入り込むときの感触、反動は?

 血の色、量、噴き出し方は?

 内臓の色、感触は?

 それらは時間経過によってどのように変化するのか?


――止まらないのだ。


 一度疑問が生まれると、次から次に、それこそ芋づる式に知りたいという欲求が湧き出してくる。

 それこそ砂漠の乾ききった大地が水を吸いつくしてしまうように。


――なぜ、こんなにも僕は殺人に傾倒しているのか?


 僕だって生まれつき、こんな残忍な思考を持ち合わせていたわけではない。

 ただ、あの日々が僕に歪んだ願望を抱かせたのは確かなわけで。




「死ねよ」


 今はいない、あいつの声が頭の中で反響する。


「殺してやる」


 ボロボロになりながら、心の中で繰り返していた暗い願望が思い出される。


 それは今は無き、懐かしい日々。

 そして今の「僕」を生んだ始まりの日々。




――さて。


 声には出さず、口の中だけでその二文字を転がしてみる。

 それだけで回想は霧散し、階段を上り終えた僕はついに最上階の五階へと達していた。


 折り畳み式のナイフを展開し、後ろ手に持つ。


 階下に誰もいなかったことから、音を立てた正体がこの階にいることは確実だ。

 しかし立ち止まり、息を潜めて気配を伺うも物音一つしない。

 いくら慎重に進んできたとはいえ、僕の足音は相手には聞こえているはずなのだが。


 もしかしたら今頃相手も僕と同じように凶器を構え、物陰に身を潜めているのかもしれない。

 もちろん邪魔者である僕を殺すために。


 その光景を想像して、僕は自然と笑みがこぼれた。


 別に殺されることを受け入れたわけではない。

 ただ実際に相手が敵意を持って僕を傷つけたとして、その感触を自ら知るのも悪くはないと、一瞬のうちにそう思ってしまったのだ。


 殺されないように、傷つけられる。

 加減が難しそうだが、やってみる価値はありそうだ。


 ただ一つ、その場合は刃物で傷つけられることを僕は希望しよう。

 その理由として、刺殺が僕の一番のお気に入りであるということはもちろん関係しているのだが、消去法的な理由もそこにはある。


 それは、できるならば殴打を受けることを避けたいという淡い期待。


――なぜなら主な攻撃方法の一つである殴打を僕は昔、嫌というほど経験しているから。


 だから今更身を持って知る必要もないなあと思っていたりして。



 ……まあ、信じるか信じないかはあなた次第――ってね。


 誰にともなく心の中でそう締めくくり、僕はこの階に一つだけある扉へと一歩、また一歩と近づいていった。

 

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