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芸術という名の殺人  作者: 真白なつき
第1章 幕開けの章
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第1話 クラスメイトの殺害方法

「お前ってさあ、たまにボーっとしてるよな」


 2時間目の授業が終わり、教室にざわめきが満ちていく休み時間。


 自分の席に座っていた僕の顔を一人のクラスメイトが覗きこんできた。

 そいつは僕の隣の席で、自分の席に座ったまま、ぬっと体をこちらに伸ばしている。


「授業中、気が付くと別世界に行っちゃってる感じ?」


 彼はそう言って、大きな瞳をぎょろりと動かした。

 つぶらな瞳というか……そんな幼さを残した彼は、模範的な野球少年で浅黒い肌に丸刈りの頭をしている。 

 僕はそんな彼に愛想笑いを浮かべて返答した。


「別に? そんなことはないけど」


 平然とした僕に彼は丸刈りの頭をガリガリとかきながら、ならいいけどと不服そうに呟く。

 彼は意外と人のことをよく観察しているのだろうか。

 というのも、僕が他人にこのように指摘されたのは初めての経験だったわけで。

 僕はそこで、まだ何か言いたげな彼に僕至上最上級に爽やかな笑みを向けた。


「というかそもそも、なんで君は授業中に僕のことなんか見ちゃってるのさ。もしかして僕に気があるの?」


 残念だけど僕はお断りだなあと冗談めかして言うと、彼は一瞬にして耳まで真っ赤になり、これでもかというほど首やら手やらをブンブンと振った。


「ばっ、おまっ、変なこと言うなよ! ただでさえ野球部は男ばっかりで、いろんな噂を立てられてるっつうのに……」

「へえ、それってどんな?」


 ニヤリと口角を上げてみせると、彼は真っ赤な顔のまま今度は僕の机にバンと両手を打ちつけた。なんとも忙しい奴である。


「なっ……し、知らねえよ! 俺は何も知らねえ!」

「あー、そういえば野球部の部長がやけに誰かさんをかわいがってるっていう噂を聞いたことがあるなあ。ま、確かに小柄なやつって、ヤりやすそうだもんなあ」


 な? と目の前の彼にさらに笑顔を向けてやる。

 すると彼は両手を握りしめ、みるみるうちに小さな体を震わせて。

 ああさすがにやりすぎたかなあと僕が僅かな良心を痛め始めた頃――。


「だー! お前覚えてろよ! いつか絶対にお前の弱みを握って恥かかせてやるからな!」


 俺は巻き込まれただけだこのやろう! と威勢よく言い放った彼はそのまま教室から走り去っていった。


 数人の生徒が、飛び出していった彼を何事かと目で追う中。

 僕は遠ざかっていく足音をぼんやりと聞きながら、思わず持ち上がりそうになる口角を抑え、口の中だけでそっと呟いた。


「……うん、本当に」


 殺りやすいなあ。



   ◇



 野球少年の彼が教室から走り去っていった頃、僕の脳内の彼は既に息絶え、ちょうどあの大きな目玉を刳り出されるところだった。

 もちろん僕の手によって。


 彼と話をしている間、僕は熱中してしまわない程度に彼をいたぶっていた。


 まずは背後から腰の辺りにナイフで一突き。

 そのままの勢いで彼の身体を地面になぎ倒して仰向けにさせ、暴れる彼の上に馬乗りになると同時に胸部にも一突き。


 小柄な彼の身体を僕の手によって服従させるのはなんとも容易い。

 その頃にはもう、僕から見下ろす位置にいる彼は虫の息だった。


 胸に刺さったままのナイフを見つめながら、まるで丘の上に造られた墓みたいだと頭の片隅でぼんやりと思う。

 そしてナイフの柄を右手でグッと握りしめ、そのまま腕を自分の方へと勢いよく引き寄せた。

 ブチグチュ、となまものの音がして、ちょうどファスナーを開けるように彼の胴体は胸から腹まで左右に分かれる。

 止めどなく溢れる血で先の見えない切れ込みに、僕は左手を滑り込ませた。


 まだ、温かい。


 ふと顔を上げて彼の顔を確認する。

 そこには大きな目をこれでもかというほどに見開き、同じく丸く開いた口からはだらしなく血を溢れさせる、生気のない顔があった。


 それを見た僕は、彼の身体に埋まったままだった左手をさらに奥へと押しこめた。

 じんわりと、感じる温もり。

 それは彼が確かに一瞬前まで生きていたのだという紛れもない証。

 そして失われていく温もりが示すのは、僕が彼をこの手で終わらせたのだという紛れもない事実。


 熱を帯びた高揚感が僕の肩や喉を震わせる。

 ふつふつと。くつくつと。

 唇が痙攣して歪み、生じた隙間から吐息交じりの声が漏れた。


 僕は、笑っていた。


 それから名残惜しくも段々と冷たくなっていく彼から引き抜いた左手を数回振り、指先から手首にかけての付着部を軽く飛ばす。

 それらの飛沫は横たわる彼の顔にも吸いつけられるように着地していった。


 とんだ間抜け面だなあと生前の彼には一度も感じたことのなかった愛おしさを噛みしめる。

 僕は一度立ち上がり、首や肩を回して周辺の筋肉をほぐしながら、その愛玩かおの方へと移動して腰を下ろした。


 彼の幼さの象徴である顕わとなった大きな黒眼をジッと見つめる。

 いくら僕が愛しい愛しいと熱い視線を投げかけてみても、彼からは何の応えも返ってくることはなかった。


 そこで僕がやれやれ困った奴だとナイフを構え、沈黙する彼の目玉を刳り抜こうとした――ちょうどそのとき。

 現実の彼が脱兎のごとく教室から逃げ出したのだ。



 彼の死体が一瞬の内に霧散し、眼前には残り僅かの休み時間を堪能するクラスメイトたちの姿があるのみ。なんとも平和な日常がそこにはあった。



   ◇



「……ボーっとしてる、ねえ」


 自分の席で一人、彼の言葉を反芻する。

 彼曰く、授業中の僕は「別世界に行っちゃってる感じ」らしいのだが。


「そんなに熱中してたのかなあ。一応学生らしく板書はノートにとっていたんだけど」


 というかそもそも、


「今時そんな終始授業を真面目に聴く学生なんているのか?」


 誰にともなく問うてみる。

 別に誰かの返事を期待しているわけではないのだが。


 しかし先程の問いに否と考えたからこそ、僕は今時の学生よろしく授業中に趣味に勤しんでいたわけで。

 授業中というのはとてもいい環境だ。

 教師一人の声を聞き流しつつ適度に板書をノートに写す作業をするだけで、僕は眼前に並ぶ彼らを餌に自分の趣味へ没頭することができるのだから。


 おそらくその様子をあの彼は「ボーっとしている」と表現したのだろうけれど。


「気を付けた方が、いいのかなあ。変に詮索されても面倒だしなあ」


 先程は適当にいなしたけれど、興味を持たれて何度も追及されるのは面倒だ。

 趣味に没頭する時間を僅かでも邪魔されるのは癪だったが、とりあえず隣の席の彼の視線には気を付けようと心に決める。


「というか、現実では僕にそーんなに熱い視線を向けていたなんて」


 そして僕は死体となった彼の物言わぬ瞳を思い返しながら。


「とんだ皮肉だよなあ」


 一人嘲笑っていた。



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