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芸術という名の殺人  作者: 真白なつき
第1章 幕開けの章
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第13話 僕が人殺しになったわけ

 

 ひとつ傷が増えるたびに、僕は父さんを頭の中で殺した。

 だから僕は何回も何回も父さんをこの手で殺さなければならなかった。



 すべては僕が物心つく頃にはもう始まっていたし、なんなら終わっていたともいえる。


「ごめんね」


 ある日母さんはそう言って、僕と妹を寝かしつけた後、父さんが泥酔して寝ている隙に家を出ていった。


 まだ幼い僕の、おぼろげな記憶。


 父さんは俗にいうDV夫だった。

 当時はまだ子どもには手を出さず、妻にばかり手をあげる男だった。

 そして妻に逃げられた結果、怒りと憎しみの対象が息子である僕に移ったのだ。


 僕の目は、母さんによく似ていたらしい。

 そんな母さんの顔も今では思い出すことすらできないけれど。


「あいつと同じ目ェしやがって。死ねよ」


 暴言、暴力。


 父さんは自分の中に渦巻く暗い感情のすべてを僕へとぶつけた。

 僕はただ、それを真正面から受け止めるしかなかった。


 そんな光景をもちろん当時の妹も見てはいたけれど、たぶんそのときの記憶を覚えてはいないだろう。

 覚えているには妹はあまりにも幼すぎた。


 そうやって。


 受け止めて、

 受け止めて、

 受け止めて。


 余すことなくすべてを受け入れた僕は、まるで脳内にじくじくとタールを流し込まれるように。

 ゆっくりとしかし確実にこんな思考に侵食されていった。


――殺してやる。僕がこの手で、殺してやる。


 父さんに殴られた。

 だから僕は父さんを頭の中で殴り殺した。


 父さんに蹴られた。

 だから僕は父さんを頭の中で蹴り殺した。


 僕の頭の中の父さんは、いつもあっけなく死んでいった。

 だけどいつしかそれだけでは満足がいかなくなって、よりリアリティを求めるようになった。


 だから僕は、父さんに殴られながらこんなことを考えた。


 今ぐらいの強さで殴られると頭がグラグラするんだ。でも大人だったら、もっと強い力でも耐えられるのかな。

 父さんは、どれくらいの強さで殴ったら殺せるんだろう。


 だから僕は、父さんに蹴られながらこんなことを考えた。


 身体のこの場所を蹴られると、たとえ同じ強さでも他の場所を蹴られるより痛みを感じるんだ。それにずっと苦しいのが続く。

 もっと強くこの場所を蹴ったら、父さんを殺せるかもしれない。


 僕が父さんから受けた暴力は、すべて僕が父さんを殺すための見本になった。

 父さんは僕を痛め続け、僕は父さんを殺し続けた。


――そして。


 父さんが失踪した頃には、僕は頭の中で誰かを殺さずにはいられなくなってしまっていた。



    ◇



 夏の終わりの夜はちぐはぐだ。

 そよそよといかにも爽やかそうに吹く風が昼間の熱の残りを運んでくる。


――深夜。


 僕は街灯のそり立つ道を一人、歩いていた。

 聞こえてくるのは自分の足音と風の音、そして時折横を走り抜けていく車のエンジン音くらいだ。

 立ち並ぶ無機質な街灯の柱が、まるで歩いても歩いても前へ進んでいないかのように錯覚させる。


「……気持ち悪い」


 呟きは生温なまぬるい風にさらわれて一瞬のうちに消えていく。


「……なぜ」


 なぜ僕は今、外を歩いているのだろう。

 なぜ僕は、男の家を出てきたのだろう。


 分からない。分かるけど、分からない。


 男の家の地下で、僕は父さんの死体を見つけた。

 10年前と何一つ変わらない肉体を持つ父さんの死体を。


 それはまるで生きているかのような。


――いや、実際に父さんはあの男によって芸術として生かされているのだ。


 きっとあの男がいる限り、父さんはこの世に生き続ける。


 永遠に。


 あの男に僕らの出会いは運命だと言われ、父さんが死んで芸術として生き返るまでを聞かされて。

 あれほど殺人の描写を求めていたはずなのに、男の語ったそれを僕はほとんど覚えていなかった。


 それどころかあの場にいることすら身体が拒否するみたいに、僕は気づけばあの地下から――男の元から逃げ出していた。


「お前はもう、俺からは逃げらんねえよ。だってそういうふうになってるんだからな」


 去り際に背後から投げかけられた言葉が頭の中で反芻される。

 特別大きな声で言われたわけでもないそのセリフが、呪縛のように耳から離れない。


 スマートフォンを取り出し、発信履歴を確認する。

 そこには妹の番号の上に、無理やり教えられた男の番号が表示されていた。

 男から「お前の番号を教えろ」と電話をかけさせられたのだ。

 これで僕と男は今後お互いにいつでも連絡を取り合える仲になったわけだが――。


「……絶対にこっちから電話なんか掛けるもんか」


 そう、決意した頃。

 僕はちょうど家の前にたどり着いていた。


 おそらく妹はもう寝ている時間だとは思うのだが。

 夕飯を作らせておきながら外泊を告げ、なおかつそれにもかかわらず深夜に帰ってきた手前、万が一にも今妹に帰宅を気づかれて説教をくらうことは避けたい。


 細心の注意を払いながら鍵を回し、玄関扉を開けると――。



「おかえりなさい」



 薄暗い室内、外からの月明りにほのかに照らされて。


 この時間に家にいるはずのない、ほほ笑みを浮かべる叔父の姿がそこにはあった。

 

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