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蜻蛉の現実  作者: 八城
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蜻蛉の羽が千切れた日

隣で笑っているその人は、本当に笑っていますか……?






仕事を辞めて来た、と母は言った。前々から問題のある職場だった。仕事を回しているのは、パート。社員は、数える程しか居ない。そのパートリーダーも、半年以上休みがなく働くなんてザラ。高校生だったアルバイトの子が遠くの大学へ進学したのだがバイトを辞める事が出来ず、休みの日は朝早くから遅くまで働かされる、と言う話をよく聞いていた。実際、母がそのパートを始めた時、「わからない事があったら教えてあげて」と頼まれていたサブリーダーも、母が2度目の出勤をした日、突然ばっくれたと言う。連絡がつかないと、上の人間が嘆いていたと言うが、オープン当初にから連日朝から晩まで働かされ、限界が来たのだろう。辞めたいと言っても聞いてくれる職場ではないから、恐らく行方をくらませたようだ。


行方をくらませたで思い出したが、自分が当時18歳の頃、アルバイトをしていたコンビニのオーナーが変わった男で、「もし行き成り仕事を辞めたら、働いていた分の給料であろうと絶対に払わない」と宣言していた。実際、オーナー夫妻のいざこざに巻き込まれたバイトの子がいきなり居なくなったが、給料は払われなかったと言う。そのオーナーは、元々別の土地に暮らしていたが、そこの店を閉店した為、こちらに転勤(?)して来たとか。まあ、そこでも自分の娘と同じ歳のアルバイトに手を出していたと言うから、下半身の抑制が効かない男なのだろう。


それだけではない。俺が仕事を辞めた後で、店の金がなくなると言う問題が起きた。当時一緒に働いていた子が、疑われた。その日、その子は流行りの風邪に掛かってしまい、急な呼び出しも高熱の中、店に向かった。そこにはオーナーと、その店を担当するマネージャー的な男、あと……もう1人、アルバイトの子が居たとかいないとか(その辺りは、あまりにも昔過ぎて残念ながら覚えていない)こう言う話をすれば、どこどこのコンビニだな、とわかってしまうだろうが、そのコンビニではレジの金額が一定以上になると警告音のようなものがなり、レジから売り上げの一部を抜いて強盗にあった時の被害額を少なくする為のCGと言うシステムがあった。その金が、一部なくなっている。その時出した金と一緒に入れる金額が記載されたレシートの時間と名前が、そのバイトの子だと言う。


だが、その日その時間、彼女がCGを入れる所を別のパートの女性が見ていた。しかも、丁度レジの売り上げを計算する為にその女性がずっと事務所におり、会話をしながら金を入れる所を真横で見ていたと言う。にも関わらず、彼女は疑われ、しかも店をその日限りでクビになってしまった。犯人が別に居たにも関わらず。ちなみに犯人は彼女がクビになった数日後、仕事中にレジの金を持って逃走したと、笑い話として彼女から後に聞いた。クビになったと言う話を聞き、たった1週間もしない内……だったと思う。笑い事ではないだろうに……。なんせ彼女はクビになった時、盗んだ金変わりとして給料をオーナーとマネージャーから差し押さえられたと言うのだから。彼等が、責任を取ったと言う話を、俺は聞いていないから、あのオーナーはクソだったんだな、とつくづく思った。


この話に関して、「なんでお前はもっと協力して無実を証明してやらなかったんだ」とか、「他に出来る事があっただろう?」とか、「色々ちゃんと調べて、しかるべき所に相談する方がよかったんじゃないか?」とかは言わないで欲しい。なんせ、この話は(自分にとって)かなり昔の話で、今はパソコンやらスマホやらが普及している時代だが、その当時はまだPHS、ほんの少し前だとポケベルが流行していた時代で、そんな事を調べる方法すらも考え付かなかったのだ。警察に相談? アホである俺が、考え付く筈もなかった。アホだから。大事な事だから3回言う、アホだから。こうして、うやむやなまま全ては終わってしまった。


そのコンビニ繋がりで思い出したのだが、コンビニを辞め暫く経った後、「警察から電話があったから折り返し電話を掛けろ」と当時祖父母の家に住んでいた俺に母から連絡が入った。確かあの時は、祖父が脳内出血で倒れ、祖母1人では心配だからと一緒に暮らしていた時期だったのだが、辞めてから1年以上過ぎた後だったので、かなり困惑した事を覚えている。折り返し電話を掛け、何の用かを訊ねると、どうやら俺がレジを打っていた際、丁度買い物をした客が、なんでも 強 盗 帰 り だったらしく、その客に領収証を書いて渡したのが俺だったそうだ。3枚の写真を見せられ、「どの人だったか覚えているかい?」と問われたが、1年も前の事を覚えている訳もない。コンビニの1日の来客人数舐めるな。覚えていなければ覚えていないで問題はなかったようなので、警察も最初からあてにはしていなかったのだろう。


コンビニ繋がりで、ちょっと話が飛び過ぎた。兎に角、コンビニには色々な客が来る分だけ、色々な事がある。車をぶつけられたとかで、店の死角になる場所で女が男にボコボコに殴られたと事件になった事から、防犯カメラの映像を見せてくれと言われた時も、自分が働いていた時だった。まあ、俺が過去に働いたコンビニの話はもういいとして、仕事を辞めて来たと言う母の話に戻ろう。


元々、そのコンビニには惣菜を作る専門のパートが居て、母はそこに応募をし、仕事が決まった。出来れば週に5日は出たいと言う希望で上の人間もそれを了解し、シフトを組んでくれるとの事だった。だが、実際、同じ時間に働いていたアルバイトが辞めるまで、週に2日のシフト。最初に給料の希望とか、日数の希望を話したんだろう?と問うと、前回の失敗(前職の際、母はその話を面接時にしなかったらしく、希望の給料額が達成されなかったので仕事を辞めたのだが、面接した相手もあまりよくなかった)を生かして希望を伝えたのに、全然シフトの日数が入らない……と。


俺は母と、2人暮らしである。もう数年になるのだが、当時、癌で緩和治療をしていた祖母が亡くなり、母は大変気落ちしていた。だが、原因は別にもあった。父のギャンブル癖と、生活費の不足による借金。それまでも色々あったのだが、当時仕事がなかった父は家に生活費を入れる事が出来なかった為、祖母が積み立てを崩して、うちに金を貸してくれた。その金を返す事も出来ずに祖母が亡くなってしまい、挙句の果てには、下りた保険も父が作った借金と、生活費に回ってしまった(勿論俺も金は入れていたが、微々たるものだった)


つまり全ての金は父が仕事をしないが故の生活費に回ってしまって、祖母の骨を納骨する金すらなかったのだ。あの日程、自分の無力さを感じた事はない。祖母が使っていた部屋で、遺骨を抱きながら「お骨を入れるお金もなくなっちゃった……ごめんね、ごめんね」と号泣する母の背中を抱きしめて、1人ではないのだ、と実感させるしか出来なかった。


その数ヵ月後、俺と母は父を残して家を出た。自分の不甲斐なさから、祖母を亡くした痛みから立ち直れず、今にも父を殺して自殺してしまいそうな母。このままではいけない、このままでは皆揃って共倒れになってしまう。母にはもう、頼れる親族はいない。祖母が亡くなる1年前に、祖父も亡くなっていたから。唯一居る母の兄弟はもう何十年も前に行方を眩ませ、生きているのかどうかすらもわからなかった(本当に、本当に偶然イトコとネット上で再会し、生きていて本州に居る事がわかったし、実際生きているとも思わなかった。なんせ、行方知れずになった理由が、繰り返す薬物依存によって生まれた借金を母に押し付け、祖父から金を盗み、挙句の果てに祖母の家を自分の住所として闇金から金を借りてらしい、から)


幸い、父には母の連れ子である俺と違って血を引いた子供が3人(うち、1人は俺とも血が繋がっている)居るし、自分の兄弟が3人も居る。若い頃から今に至るまで色々と迷惑を掛けて来たようだが、土下座をして縋れば、血の繋がった兄弟だ、なんとかしてくれるだろう。そう思っていた。母も、家を出た後に子供の1人に連絡を入れ、父が心配だから様子を見に行ってやってくれ、義姉に連絡をしてやってくれ、と俺には内緒で行動をしていた。家を出てから働いた給料で買ったコンビニ弁当を、父に差し入れしていた事だってある。




父の訃報が耳に入ったのは、俺と母が家を出てから、4ヵ月程経った日の夜の事。




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