5 美形は変です
「お嬢様、只今お迎えに上がりました。」
ビシッと敬礼して車の横に立つ男は、目鼻立ちのはっきりとしたモデル体型の美青年だ。
「鈴ノ宮さん、くれぐれも体調にはお気を付けて。
元気な姿でご登校されることを、心待ちにしております。
それでは、ごきげんよう。」
華澄は担任と短い挨拶を交わし車に乗り込むと、鈴ノ宮家専属の運転手が無駄のない動きで車を出した。
朝のホームルームで緊張の余り教室で嘔吐し、鬼頭院をゲロまみれにするといった失態に始まり、気付けば保健室で鬼頭院と鷺沢の美少年コンビに囲まれていた。
不可抗力で前世のショタコンを発動してしまい、大量の鼻血を噴出。
現在も鼻の穴には、丸めたティッシュが詰め込まれている。
それも、両方の鼻の穴にだ。
どれだけ出血多量なんだと、自分でもツッコみたくなる。
うん、何て言うか女子として、いや、人間として色々終わってる。
仮にも、お嬢様と呼ばれる人物の行動ではない。
これは、完全にやらかしてしまった。
初日から鬼頭院と鷺沢とブッキングするだけでなく、自ら失態に次ぐ失態を重ねていった。
ドジっ子を飛び越えて、馬鹿で阿呆で鈍間のどうしようもない屑人間ですよ。
諦めの境地に達して座席シートに体を深く沈めると、華澄は幼い容姿に似合わぬ溜息を漏らす。
先程からチラチラと横目で心配そうに見ていた男が、遠慮がちに言葉を口にした。
「華澄お嬢様、僭越ながら私の考えを申し上げさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「却下致しますわ。
武光、貴方は運転だけに専念しなさい。
私に意見するなど、百年早いわ。」
彼の言葉に対し、被せるような速さで拒否する。
自分の年齢の半分にも満たない少女から、手酷くあしらわれたというのに、男は恍惚とした表情を浮かべている。
鈴ノ宮家は、現在三名の専属運転手を雇っている。
父、母、私の各々に運転手が付くのだ。
由緒正しき鈴ノ宮家に仕える使用人の立場は、代々受け継がれていく。
今、私を乗せた車を運転している男も、例に漏れず鈴ノ宮家に仕えてきた家系の者だ。
近衛 武光、26歳、独身。
190センチ近い長身で均整の取れた肉体美で、モデル顔負けのスタイルだ。
釣り目がちの目元に威圧感を覚えるが、イケメンに分類される顔立ちである。
父や母の運転手である近衛の一族と区別するために、苗字ではなく武光と名前で呼んでいる。
武光は、ただの運転手にしておくには勿体ないほどの男だ。
日本一と言われるT大を主席卒業し、企業からの引く手数多な逸材であったのにも関わらず、それらを全て退けて鈴ノ宮家の専属運転手となった経歴を持つ。
そんな男の名を呼び捨てにするなど失礼に値すると感じるかもしれないが、私は武光には何の遠慮もしないことに決めている。
「何をニヤニヤと惚けていらっしゃるの?
気色悪い表情を今すぐ引っ込めなければ、お父様に貴方の秘密を言いつけますわよ。
そうなれば、貴方は私の専属運転手から外されるでしょうねぇ、武光?」
「ひぃぃ、滅相も御座いません。
それだけはご勘弁下さい。」
美形が台無しの泣きべそで振り返るのは止めて欲しい。
前を見て運転することは、基本中の基本である。
鼻水を垂らして泣くなんて、成人男性として恥ずかしくないのだろうか…いや、恥ずかしくて喜んでいるのか。
武光のことだから、咽び泣く様子を私に見られて、逆に興奮しているのかもしれない。
「が、がずみおじょうざま、武光はおじょうさまと共に人生を歩みとうございまず。
うっ、ずずっ、おじょうさまぁ、私を足として生涯使って下さると約束したではありませんか、うううっ。」
冷たい視線を武光に浴びせるが、この行為もまた彼を喜ばせるだけだろう。
武光も私と同様、特殊な嗜好の持ち主だ。
ただ、私より彼の方が重症かもしれない。
黙っていれば最強の美男子・近衛武光は、『ロリコン』と『М気質』のダブルコンポの救いようがない人物だった。