3 前世の人生です
ちょっぴりシリアス…。。
日本人による最上級の謝罪を行うために膝を折ろうとした瞬間、地を這うような声が発せられた。
「何をしでかしたか分かっているのか、どブス。」
美少年の口から出たとは思えぬほど、ドスの利いた声色に周囲は凍てついた。
直ちに頭がすり減るほど謝罪すべきであったが、私の体は一ミリたりとも動かなかった。
どブス。
ブスの最上級。
生まれ変わった美しい容姿で、そんな罵声を受けるのは予想外であった。
『どブス』という言葉は、心の奥底に押さえ込んだはずの記憶を引き出すきっかけとなり、私は耐えきれずブラックアウトした。
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前世の私は、お世辞にも可愛いとは言えない容姿をしていた。
不細工、ブスと形容される残念な顔だった。
幼少期から心ない罵声に傷付きながらも、自身の顔面偏差値を客観的に捉え、人生に対して一種の諦めを抱いていた。
ごく普通の家庭に育ち、愛情には恵まれて育った。
しかし、常に心が満たされることは無かった。
両親や妹も平凡な容姿であるのに、どうして自分だけがこんなに醜いのか。
何故、生きているだけで、酷い言葉や中傷的な視線を受け続けなければならないのか。
容姿は生まれもって定められたものであり、いくら内面を磨いたとしても、生まれながらに美人は美人で、不細工は不細工なのだ。
自身に絶望しながらも、私は懸命に生きた。
短大を卒業し、中小企業の事務職として働き、自分一人を養っていける程度に自立した人間となった。
二十代後半に差し掛かり、ご祝儀代が懐に厳しくなるほど友人たちは結婚ラッシュになっていた。
遂に2歳年下の妹にも先を越されるが、私自身は恋人さえも居たことがない。
不思議なことに、羨ましく思いはしても、妬ましく感じはしなかった。
幼い頃から、自分は一人で人生を歩むしかないという考えを持っていた。
定年まで地道に働き続け、無駄遣いは最小限に抑えて生きていく。
両親の介護が必要になれば、転職の必要があるかもしれないので、資格取得の勉強も怠らない。
日陰で目立たずひっそりと暮らしたい。
しかし、そんな些細な願いさえ、叶うことはなかった。
二十代最期の日だった。
仕事帰りに奮発して買ったケーキをぶら下げ、横断歩道を渡っていたところ、居眠り運転の乗用車に轢かれて呆気なく死んだ。
私は神様に見放されていたとしか考えられない。
だから、悪役令嬢としての記憶が甦った時でさえ、嬉々としている自分がいた。
前世の自分とは正反対の美少女。
それも、誰もが振り返るレベルの可憐な少女。
どんなに渇望していても手に入らなかったものが、自分の手中にある喜びは言葉では表しきれない。
危ぶまれる未来を一時忘れ、己れの美しさに酔いしれていた。