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第一章『迷宮の探索』(3)

 高い湿度と室温、遙かに高い天井に吊された赤外線ライト、見渡す限りの熱帯林……。遠くから「キキキキ」とか「キュゥゥ〜」など、獣や鳥の鳴き声。更に飛び交う鮮やかな色の蝶。



「ヤバい……なんかワイ、ストレスの溜めすぎで幻覚が見えてきたっぽいわ……」


「えっ、コレ幻覚なの!? どうしよう、僕にもアマゾンらしきモノが見えるんだけど!」


「……俺も見えるぜ……。気が合うな、俺達……」


「ちょっと、四人揃って同じ幻覚なんて見るわけないでしょっ! つまりコレは……!」


「現実、か……」


 目を逸らしたい現実が、容赦無く襲いかかってくる。軽く三十度は超えるのではと思わせる気温が、真冬の日本にいる警備員達に汗をかかせた。


「み、みんな落ち着け。焦るな、落ち着くんや。とと、とりあえず記念写真を……」

「あんたが一番落ち着きなさいっ」


 混乱してあたふたしている真を、一発叩いて希紗が制止させる。振り返って両扉のドアノブを引く遼平が、「おい扉が開かねぇぞ!?」と状況悪化を知らせてくる。


「豊臣さんの言ってた通り、真っ直ぐ行ってみようよ? 生物工学開発部なんだから、これぐらいアリなんじゃない?」

「おい純也、なんかこの環境に慣れてきてねぇか?」

「子供は順応が早いからな……」



 どことなく楽しそうに見える純也を先頭にして、五人はジャングルを進む。だが『真っ直ぐ』といっても整備された道など有るはずもなく、やがて目の前が、鬱そうとしたツタと木に囲まれた。


「本当にこの先に開発部があるんかァ〜?」

「というより、人がいるのかしら?」

「あれ? なんか草むらが動いてるよ……?」


 不穏な音で、前方の草むらが大きく揺れる。その奥の草陰も同時に動いて……殺気に近い戦慄を感じる!

「下がれっ!」



「キシャアアアアァァ!」



 跳んで後退すると、直後に巨大な口が出てきて空振りする。そのまま頭を上げたのは……人間の顔二つ分くらいある頭の、ヘビ……!!


「きゃ〜っ! 何アレ〜!!」

「嘘やろ……大蛇がなんでこんな所にっ」

「なんでも何もっ、ココがジャングルだからじゃん!?」

「……それ以前に埼玉なのだがな……」

 後ずさりする警備員の中で一人、動かない者がいた。舌を出した大蛇と、目を逸らさず睨み合う人物が。


「遼っ、危ないよ!」

「……ほぉ、やってみろよ」

「え?」


 その言葉はこちらに向けられたものではないようだった。まるで……ヘビと話している?


「シャアァァ……!」

「へっ、来てみろよ……!」

 じりじりと、一人と一匹は間合いを計る。威嚇し合っている?


「……なァ純也、遼平はヘビとも会話できるんか?」

「え……さぁ……。ヘビって超音波は使えないと思うんだけど……」

「おそらく野生の本能というやつだろう」

「脳の構造が近いのよ、きっと」


 野生の本能が鋭くないと自覚している四人は、素直に遠くまで後退し、異種族格闘戦の傍観者となる。その試合の実況中継を真が、解説は純也が務める。……誰に対してかは不明だが。


「さァ始まりました、世紀の決戦! ヒトVSヘビ! 実況はワイ、霧辺真が務めます。解説はおなじみの純也でーす。……さて純也、あのヘビは何ていうやつ?」


「あれはニシキヘビ科ボア亜科ヘビ、『アナコンダ』だね。世界最大のヘビだよ。主に南アメリカ熱帯に生息してるんだ。僕も実物を見るのは初めてだなぁ」


「なるほど〜。……それではそろそろ試合が始まるで! えー、青コーナー、『東京で最も野生に近い男』ッ、蒼波遼平〜! 赤コーナー、『キング・オブ・スネーク』ッ、アナコンダ〜!」


 「わあぁぁ〜!」と希紗が一人で喚声を出して盛り上げる。澪斗は呆れを通り越したのか、しゃがんで適当に草をむしり始めていた。



 希紗がスパナをぶつけ合って試合開始のゴングを鳴らす。まだ首しか見えないアナコンダが、再び顎をパックリ開けて迫ってきた。ヘビの頭の上を、宙返りして遼平は飛び越える!

「……あ、僕言い忘れてたんだけどー」

「何を?」



「アナコンダは、全長が約九メートルありまーす」



 地鳴りの轟音を立てて、宙に浮いた遼平の身体を草むらから出てきたアナコンダの尾が叩き落とすっ! 草が無造作に生えている地面へも叩き付けられるが、次の尾の一撃は転んで回避する。


「純也ぁーっ! お前っ、そういう事は早く言えぇぇ!!」

「遼、ファイトぉ〜ッ」

「おぉっと予想以上にアナコンダは巨大や〜! 遼平、そこをどう出る!? 流石の蒼波一族も、ヘビの王者の前には屈してしまうのかァ〜!?」


 真の実況が熱くなる。ヘビに殴りかかる遼平の遙か後方で、警備員の観戦は続く。


「おらあぁぁーっ!」

「キシュウゥゥ〜!」


 長く太い尾を蹴り飛ばすと、遼平の首もとに後ろから鋭い牙の口が迫る。堅い鱗で覆われた顎ごと、アナコンダに渾身の左アッパーを喰らわせて、太い胴体に跳んで乗る。

 振り払おうと、アナコンダは激しく身体をうねらせる。飛び降り、距離を置いて着地して、一人と一匹は最後の一撃にかけるべく精神を集中させ始めた。


「これで終わりだ!!」

「シャアアアア!!」


 鈍い音がして、一瞬でぶつかり合う。アナコンダの巨大な牙が遼平の右肩に突き刺さり、遼平の左拳がアナコンダの心臓の位置を強打していた。間を置いて、ゆっくり崩れ落ちていく大蛇の頭。



「……し、試合終了ー! 大番狂わせっ、勝者は蒼波遼平ー!!」


「うっしゃあ! 俺様に勝とうだなんて一万年早ぇんだよっ、喰うぞウナギ野郎!」


「いや、アナコンダだし。食用じゃないし。依頼人の動物だし」

「う〜ん、見応えのある勝負だったわ〜」


 制服の右肩の部分に二つの穴を開けてしまった遼平が、アナコンダに片足を乗せて煙草に火をつける。

「勝者へインタビューしまーす。……遼、本気だったでしょ?」

「あ? そうだったか?」

 そこらの三流を相手にするより、よほど本気だったと思う。瞳の色が違うのだ。


「よし、次のが出てこないうちに行くぞ」

「行くって、道も無いのにどうやって?」


「『獣道』だよ。こいつが出てきた場所から気付いたんだが、この部屋を進むには獣道を行く以外ないだろ」


「で、でもさ、獣道なんてどうやって見つけるの?」

「は? どうやって、も何も、ココにあるだろうが?」


 言って、当然の如く遼平は密林の方向を指差すのだが……純也達には、やっぱりただの密林にしか見えなくて。遼平は不思議そうに首を傾げる。


「お前ら、ドコに目をつけてんだ?」

「……真君、獣道が見える?」

「ワイにも見えへんよ……っていうか、たぶん人間に近い生き物には見えへん道なんやろ。だから、遼平にだけ見える」

「…………理解したくないけど、物凄く納得できたよ」


 同居人の脳が、理性より圧倒的に本能が強くなっていることに、知ってはいたが哀しくなる。現代の東京に住んでいて、どうして獣道が見えるようになるのだろう。



「澪斗ー、先進むわよ」

「勝負は終わったのか?」


 全く試合を見ていなかった澪斗が、顔を上げて立ち上がる。いつの間にか本気で一心不乱に草むしりをしていた澪斗の周囲半径五十センチが、綺麗に除草されていた。


「……私が言うのもなんだけど、そんなに暇だった? 一応同僚が生死を賭けて戦ってたんだけど」

「なんだ、蒼波は死ななかったのか? 惜しかったな……」

「いや、そんな本気で悔しそうな顔されても」

 生真面目な澪斗の性格からいって、きっと適当に始めた除草作業に、いつからか全力を尽くしたに違いない。根の部分から丁寧に引き抜かれている。……遼平の死をささやかに祈りながら。



「置いてくぞー」


 野生の勝者、遼平を先頭に再び警備員達はジャングルを進み出す――――。


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