表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/34

第一章『迷宮の探索』(2)

 真達は驚きと混乱に襲われるが、澪斗が機嫌を悪くして銃を手にしないか咄嗟に心配した。


 澪斗はふっと目を閉じる。そして、一歩前に出て深々と腰を曲げて頭を下げた。



わたくしは、警備会社ロスキーパー中野区支部正社員、紫牙澪斗と申します。本日は特殊生物工学開発部部長様に依頼を受け、参上した次第であります」


 うやうやしい響きを込めた、前代未聞のその声色。ずっと上がらない彼の頭を、全員が目を見張って直視していた。


「そ……そう……、そういうことね、アレの仕業なのね。このようなふざけた真似を……。これは勝人様にもご報告しなければ」


 動揺を隠し切れていない奥方が、一歩たじろぎ、執事を睨む。執事は深く深く頭を下げた。おろおろと、残された警備員達はどう対処していいか困る。


「豊臣! アレにしっかり言っておきなさい! ……下賤な者を氷見谷に入れるなと!」


 肩を怒らせて、奥方はホールの方向へ去っていった。その後をそそくさとメイド達が追う。間を置いて、ゆっくり澪斗は体勢を戻し、前髪を払った。


「……今のお方が、旦那様の奥方様、氷見谷らん様でございます。本日旦那様とお会いになるご予定がありましたので、本邸にいらっしゃったのかと存じます」

「は、はァ……」

「おい、ゲセンってどーゆー意味だ?」

「うーん、知らない方がいいと思うよ」

「ねぇ澪斗、どしたの? 流石の澪斗も大富豪には敵わない?」


 好奇と僅かな驚きも含めて、希紗が澪斗に問う。言葉の後半は皮肉も入っていた……のに。


「貴様の言うとおりだ。俺はあの場での最善の策をとったまで。……大富豪には敵わん」


 肩をすくめて言う澪斗が、らしくない。まるで冗談を言っているようで。澪斗はふざけたコトは言わないし、しない。いつでも全力投球で、相手が子供だろうが女性だろうが……それこそ大富豪であろうが躊躇い無しに発砲する。――――その澪斗が。


「皆様、お気を悪くしないでください。奥様は警戒心のお強い方なのでございます」

「あははー、こういうのは慣れてるんで、大丈夫ですよ」

 特にフォローするわけでもなく、真は首を振る。実際に、こういった対応をされるのはよくあることなのだ。ただ、流石にいきなりの指名には驚いたが。


 引き続いて、豊臣は何事も無かったように案内を再開する。T字路になり、左右の通路と正面に両扉。「こちらから参ります」と、先頭を歩いていた遼平へ両扉を指す。

 それに従って真はゆっくり扉を押し開け……冷ややかな風が、彼の金髪を優しく舞い上げる――――。



「……は……?」



 部長の唖然とした間抜けな声。純也達が何事かと首を覗かせた時、室内から『カコーン……』と澄んだ音がした。

 そこに広がっていたのは……川が流れる日本庭園。


「お……おい、ココは関東だよな?」

「っていうか、むしろ屋内のはずだよ……っ?」

「どうして川が流れてるの!? 水車とかあるわよっ!?」

「『ししおどし』まであるで……! この扉はどこ●もドアか!?」

「真、貴様その単語は今の人間にはわからんぞ……」


 庶民(もしくは貧乏人)らしく、眼前に広がる部屋に興奮する警備員達。執事豊臣が、当たり前のようにスタスタと日本庭園の中へ歩みゆく。「どうぞ、お入りください?」と促され、恐る恐る石畳の道に足を乗せる。空気はヒンヤリとしていて心地よかった。


「旦那様は大変和風庭園を好んでおられまして、ここは旦那様の趣向によりこのような体裁になっているのです」

「あのー、開発部のお部屋のほうは……?」

「はい、この部屋を真っ直ぐ通過した方がより近道ですので、ここをご案内させていただきます。この部屋を迂回してまいりますと、二十分ほどの遠回りになりますが?」

「……喜んで通過させていただきます」


 小川の流れる涼やかな音と、水車の回る響き。マイナスイオンが含まれているであろう爽やかな風。時折落ちるししおどしが、何度も『カコーン……』と趣深い声を立てる。……まさに、純日本庭園。

 豪邸の中の異世界を歩くこと十分ほど、取って付けたような不自然さで、やっと先程と同じ両扉が現れる。その直前には、川の上流であろう滝まであった。


 扉をくぐると、再び赤い絨毯の廊下。左右から通路が合流しているのを見ると、どうやら先程の別れ道はここで繋がっているらしい。確かに、あれだけの規模の部屋を迂回すれば、二十分以上余計にかかりそうだ。


「旦那様が趣向を懲らされたお部屋は、楽しんでいただけましたでしょうか?」

「はい……一時的に現代社会にいる事を忘れました……」

「おい執事のジイさん、まだこんな部屋があるのかよ?」


「もちろん、旦那様の一族の方々、それぞれ珠玉の部屋がございます。あとは……浜辺で遊べる『渚の部屋』や、忍者体験ができる『からくり部屋』、宇宙を満喫できる『無重力の部屋』など多数がございます」


「わーっ、僕『からくり部屋』行きたーい!」

「浜辺に行きてぇー」

「私は『無重力の部屋』がいい〜!」

「あんたらなァ、仕事で来たんを忘れるなや。……ところで豊臣はん、後で記念写真を撮ってもエエですか?」

「もちろんでございます。プロのカメラマンが常時控えておりますので、いつでもお呼びください」


「…………もう貴様ら帰ってくれ……」


 うかれまくっている真達に、澪斗は額を押さえて深く俯く。すっかりテーマパークに来た観光客みたいになっていた。




 今度は、大きな通路の側面に、左右それぞれまた両扉。執事は左の扉の前に立つ。

「この扉からずっと真っ直ぐ行った場所が、開発部研究室でございます。私はここで待機しておりますので」

 そう言って、豊臣は扉の脇に背筋を伸ばして綺麗な直立姿勢になる。澪斗が何か言おうとしたが、その前に真が扉を押していた。先に入ってしまった四人を追って、澪斗も部屋に足を踏み入れる。



「え……なんやココ……!?」



 室内からの閃光に目を閉じ、明るさに慣れてきて瞳を開けた時、またもや驚かされた。






 まさか、そんな、有り得ない、このような――――――密林のジャングルなんて。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ