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第一章『迷宮の探索』(1)

第一章『迷宮の探索』



 白く巨大な門を前にして、眼鏡を外した淡緑髪の男は独り、深く息を吸う。周囲に見える物といえば、大きい門と、その両脇の高い壁と、前後に生い茂る森のような木々。


 腕時計の針がちょうど午前十時を示した時、門が開いて中からリムジンが出てくる。その運転席から、タキシード姿で両手に白い手袋をする、細身初老の男性が降りてきた。


「……『裏警備会社ロスキーパー中野区支部、紫牙澪斗様』……で、よろしいですね?」

「そうだ」

 重々しく澪斗は頷く。男性は、深々と頭を下げた。


「ようこそ、氷見谷へお越し下さいました。…………はて、後ろの方々はどうされました?」

「なに?」

 怪訝な表情で澪斗は振り返る。『後ろの』とは?





「あっ、早速バレちゃったよ」


「俺様の完璧な隠れ身の術が……」


「って、ただ単に木にくっついてるだけじゃない」


「ども〜、そこの社員の上司で〜す」


 背後の木々や植え込みから聞き慣れた声がして、やっぱり見慣れた金髪の男の顔が逆さまに木の葉の茂みから出てくる。


「貴様ら……」


 何の躊躇もせず、澪斗は男の顔がぶら下がった木へ発砲し、隣りの巨木を脚蹴りし、向かい側の木の不自然な茶色の幹へ実弾を撃ち込む。


「うわっ、危なっっ」

「きゃ〜っ」

「痛っ」

「うをっ、いま弾が掠ったぞ!?」


 ドタンっ、ドシンッと、情けなく人間が木から落ちてくる。最後の紺髪の男など、向かい側の木に茶色の布で張り付いていただけだ。


「いたたた……。何すんねん澪斗っ! 折角『おもろいストーカーごっこ』してたんに! 実弾ぶっ放すやつがあるかアホ!」

「阿呆は貴様らだ! 一体ココで何をしている!?」

「いや、だから『おもろいストーカーごっこ』を……」


「あの、澪斗様、そちらの方々は……」

 突如始まった警備員達のコントにも動じず、初老の男性は和やかに問うてくる。澪斗は、ぎこちなく揺れて「少し待て」と振り返り、四人を後ろへ引っ張っていった。そして大分離れた所で。



「……貴様ら、何の真似だ?」


「だァ〜かァ〜らァ〜、紫牙澪斗くんの『おもろいストーカーごっこ』――」

 真は銃口を押しつけられて、言葉を続けられない。ゆっくり苦笑いで両手を上げる。


「茶化すな。どういうつもりだ?」

「どういうつもり、はこっちの台詞よ。なんで一人で澪斗はココに来たわけ?」

「……」

「はっ、どうせ報酬独り占めにするつもりなんだろ? 抜け駆けは許さねえ」

「…………報酬など、欲しければ貴様らに全てやる。黙って帰れ」


 その言葉に、遼平は眉間にシワを寄せる。ココに来たのに、報酬がいらないとはどういうことなのか。

「言ったはずだ。……氷見谷には、関わるなと」

「あんたは関わってもエエのに、か?」

「いい気になってんじゃねぇよ。誰がてめぇの指図なんかに従うかっての」

「……」


 厄介なモノに対したように、澪斗は苦々しげに四人を見やる。そして、脅すように「帰る気はないのか」と問う。


「ここまで来て、帰るわけにはいかへんなァ」

「大富豪氷見谷家って見てみたいし〜」

「意地でもてめぇの思い通りにゃさせねえ」

「一緒に仕事をさせてよ澪君」


 結局全員に断られ、零れる深いため息。澪斗が観念したようなので、遼平達は門の方へ歩いていってしまった。



「……ここまで愚かだとは思わなかったぞ」

「そりゃ悪かったなァ、ご期待に沿えなくて」

 残った真に、小さく言う。二人は希紗と遼平、純也達の背を眺めていた。



「何だかようわからんが、あんたの目的は邪魔せんよ。だから…………そんな死地に赴くような顔せんといてや」



 冗談めかして笑う真の声に何故か懇願を感じたのは、澪斗だけなのか。


「俺はそんな顔をしていたか」

「なんとなくな。古い仲やんか」

「……フン、迷惑極まりないな」

 不機嫌そうな澪斗についていって、リムジン前まで集まる。



「えーっと、改めまして、ワイらがロスキーパー中野区支部です」


「はい。私は、旦那様『氷見谷ひみや 勝人かつひと』様にお仕えする執事の『豊臣とよとみ』と申します。私が開発部までご案内させていただきます」


 いかにも執事風な初老の男性は、礼儀良く頭を下げて五人をリムジンに乗せる。車は一度後退し、向きを変えて門の中へ入っていく。

 向かい合ったリムジンの座席で、純也達がきょろきょろと物珍しそうに物色していると、澪斗が口を開いた。いつの間にか、いつもの眼鏡をかけている。


「……ところで貴様ら、何故ココの場所がわかった? あの紙は俺が処分したのに……」


「ふっふっふ、澪斗、あんた重大なコトを忘れとるで」

「なんだと?」

「あのね澪君、悪いんだけど、あの紙を僕暗記しちゃったんだ」


 「それでか」と納得した表情になる。純也は、一度見た物、知った事はほとんど忘れないという驚異の記憶力を持つ。それが記憶喪失故の能力なのかは、わからないが。あの僅かな時間、一回見ただけで、全てを自然に覚えてしまったのか。


「でも驚いたよ、ヒミヤ産業の生物工学開発部って、氷見谷家の敷地の中にあるんだね〜。埼玉県にまで来るとは思わなかったなぁ」

「ロスキーパーって『さいたま支部』もあるんに……なんでワイらのトコに来たんやろな?」

「その件は、開発部部長様から直接ご説明があるかと存じます。それと先程のお言葉にお答えしますと、正確には今回の依頼の開発部とは、『特殊生物工学開発部』という企業秘密の部署なのです。ですから、氷見谷家の本邸内にあるのですよ」


 執事豊臣の説明に、「へぇ〜」と感嘆の声をあげる。裏社会の警備会社に依頼するとは、よほどの企業秘密に違いない。


 ふと、ずっと窓の外を見ていた希紗が首を傾げる。


「豊臣さん、ココってもう氷見谷家の敷地の中なんですよね? どうしてお屋敷が見えてこないんですか??」

「もうしばらくいたしますと、奥様のお屋敷が見えてまいります。そこから隣りに、旦那様のお屋敷。それより奥には旦那様のご兄弟のお屋敷が……」

「え、あのっ、家族で家がバラバラなんですか?」

「はい、最奥の本邸にも旦那様方の個人部屋がありますが、その他に皆様のお屋敷がございます。本邸は、門より直線距離にて二キロ先でございます」

「そ、そうなんですか……」


 (流石は日本トップクラスの大富豪……)と警備員達は唖然とする。こんな広大すぎる庭は、見たことがない。家の敷地内に、一本の大きな二車線道路があるのだから。


 やがて、一際巨大で豪勢な屋敷の前に着く。首を回さないと全貌を把握できず、現代に立つ城のようだ。左右の庭に大理石の噴水、整備の行き届いた花畑。

「おっき〜い! きれ〜い! すっご〜い!!」

「希紗、感想が小学生並やで」

「でも、本当にそんな感じだよ」

「おいおい……これデカすぎねえか? 個人の所有物でいいのか? 国会議事堂くらいねぇか??」

 本当にここは日本なのかと、目を疑った。金はある所にはあるのだな……としみじみ思いつつ、執事豊臣の案内で屋敷に入っていく。内側からメイドに玄関を開けられて一歩踏み入ると――――そこは、屋外より遙かに明るかった。


 落ちてきたら軽く中野区支部を全滅に陥らせそうな、馬鹿でかいシャンデリア。虹色にキラキラと反射しながら、ホールを照らしまくる。そして、どこからともなく流れてくる優美なクラシックミュージック。警備員達が知っている世界が……次元が違う。


「うおぉっ、眩しいっ! アレ太陽より眩しいぞ!?」


「遼っ、遼っ、なんか天井に天使の絵が!!」


「この音楽は何なの!? ベートーベンっ? ゴッホ!?」


「……希紗、ゴッホは画家だ……」


「…………なァ、『場違い』っちゅー言葉は今のワイらのためにあるのかなァ?」


 まさにその通りだろう。薄汚れた制服が、それをより一層際だたせる。



「どうぞ、こちらでございます」

 こうして見ると、豊臣はこの場の中に全く違和感無く溶け合っている。丁寧な仕草で、ホールの奥の通路を腕で示した。

 赤い絨毯が敷かれた、大理石の廊下が長く続く。囁くように流れてくるクラシック以外、何も聞こえない上品な静寂。屋敷にはまるで人気が無く、喧噪に慣れた遼平達をそわそわさせる。


「あの……このお屋敷にはあんまり人がいないんですか?」

 沈黙に耐えづらかった純也が、半分は好奇心で尋ねる。豊臣は僅かに振り返って、微笑みで答えた。

「いえ、今の時間でしたら、従業員約百名程度と、旦那様がいらっしゃいます」

「氷見谷勝人……様?」

「はい。ご存じかとは思いますが、旦那様はヒミヤ産業の社長でございます。本社も埼玉にありますが、今日は旦那様は本邸にいらっしゃるのですよ。……あ、それと……」


 思い出したように執事が言葉を続けようとした時、無限に続くのではと思わせた回廊の先に人影が見えた。華やかな赤いドレスを着た黒髪の女性が、二人のメイドを連れてゆっくり歩いてくる。


「奥様、おはようございます」

「あぁ豊臣、お早う。……そちらの方々は?」

 優雅に歩いてきた女性は、奥方らしい。品の中にもどこか厳しさを持ち合わせた四十代ほどの女性が、真達を見て首を傾げる。

「特殊生物工学開発部部長様がお呼びになった、警備員の方々でございます」


「……アレが?」


 『部長』という言葉が出た途端、奥方の顔が険しくなる。どうやら『アレ』という言葉は真達に向けられたモノではなく、その部長を指しているらしい。

「ど、どうも……私どもはー……」

「っ、貴方!」

 真が支部長の責任として名乗ろうとした時、不意に奥方は驚愕の声をあげる。身を乗り出してきて、真の横を通り過ぎて。




「そこの貴方! 名乗りなさいっ!」



 澪斗を強く指差し、奥方は恐怖そのものを前にしたように叫ぶ。

 その言葉で……いや、正確にはその瞬間澪斗から放たれた異様な気で、仲間に電撃が走っていた。


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