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EL『別れの戯れ言』

「いやだぁぁぁぁー!!」

「うあああぁぁぁ〜!!」


 同時に絶叫をあげた男と少年が、がっくりと事務所の床に両膝と両手をつく。

 揺れる、可愛いフリル。

 なびく、胸元のリボン。

 そう、まさしくそれは、



 女装させられた『遼子』こと遼平と、『純子』こと純也。



「一ヶ月連続で遅刻してきた罰や! その格好で東京練り歩いてこい!!」

「なんで今回はドレスなんだ!? しかもこのレース状の生地は何だ!?」

「僕なんて、セーラー服だよ……!! ミニスカだよっ!?」


 希紗が用意した等身大鏡を見て、二人は自分の姿に壮絶な悪寒を感じたのだ。そして、先ほどのあの絶叫。

 氷見谷に行く前の記録と、ここ四日の遅刻で、罰執行。またもや二人は新たな婦人服を着る羽目に。


「大丈夫よ〜、私のメイクで出来るだけ女の子に近づけてあげるから。……遼平には、流石の私もお手上げだけど……」


 苦笑いの希紗の表情。それを横目でさり気なく見て、真は心の中でため息を吐く。



 氷見谷から帰ってきてから、希紗が純粋に笑わなくなってしまった。

 本当はこんな罰、執行しなくたってよかったのだが、(少しでも希紗に笑顔が戻るなら……)と期待したから。

 あの寡黙な男がいないだけで、支部はこんなに空回りになるのか。

 寂しさを出してはいけないのだ……せめて、真だけは。それが部長の役目。



「本当にこの格好で外に出るのか!? 嫌だっ、俺の人格が疑われるー!」

「遼平あんた、今更人格とか言うなや……。秋葉原とか新宿二丁目なら、お仲間がおるかもよ?」

「いろんな意味でそれも怖いよ……また写真撮られるじゃん……」


 一度、路上写真撮影会を経験済みの純也が、涙を流す。何も知らない人が見たら、可愛げに泣く女子高生に見えるだろう。


「贅沢やな〜。じゃ、いっそのこと渋谷に行くか? あそこなら昼間は人影少ないやん」

「渋谷って言うと、時雨さん達スカイの――」

「ぜ……っ、ぜってぇ嫌だぁぁぁー! こんな姿見られるくらいなら俺は死ぬー!!」

「そうね、確かに、まさに《邪鬼の権化》だわ……!」

「いや、納得するトコ違うよね、希紗ちゃん。……って、遼! 窓から身を乗り出さないで! ココ三階だよっ、落ちたら死んじゃうよー!!」


 純也が振り向くと、ドレスの裾を持ち上げた遼平が窓を開けて枠に足をかけていた。焦って純也がその純白のドレスを引っ張る。


「死なせろ純也っ、いっそのこと俺をココで死なせてくれー!!」

「やめて遼っ、そんなみっともない姿で最期を迎えないでーっっ!」


 必死に遼平の女装投身自殺を食い止めようとするセーラー服の純也が、ドレスの腰に抱きつく。それはそれで、壮絶におかしな光景だったが。


「許せ純也、俺は望まれない存在なんだー!!」


「僕を残して独りで逝かないでっ、遼ー!!!」



「……なんか、見ていていつまでも飽きないわね」

「せやなァ……。でも、ウチの事務所ビルの前にこんな自殺体があっても嫌やしなァ……」


 呑気な言葉の眼前の、修羅場。その叫びのせいで、誰も開いたドアの音などに気付きはしなかった。










「……そんなに死にたくばさっさと死ね、この愚か者が」



「「「「え……?」」」」




 聞き慣れた、でも有り得るはずのない声。そして同時に、純白のドレスを蹴り上げる脚。


「だああぁぁぁあぁぁ――――!!??」

「あぁっ、遼ー!!」


 一瞬宙に浮いて、直後落ちていった純白の衣に包まれた男に、純也が悲鳴をあげる。そして後を追うように、風をまとい焦って飛び降りていった。


「あっ、ちょっ、純也待てってー!」


 流石に飛び降りることの出来ない真は、現状確認もしないまま事務所のドアを跳ね開けて階段を下りていく。





「…………フン、相も変わらず騒がしい場だ」


「な、んで、……澪斗……」


 ただ室内に残った希紗が呆然と、背後に立っていた男に呟いていた。



          ◆ ◆ ◆


「本当にいいのですか、兄上?」

「うん、いいんだよ、これで」


 豪邸の外へと続く巨大な門。『氷見谷』と外の世界との、境界線。ここまで来ながら、最後の最後で弟は振り返った。


「蘭様も、勝太君も、(澪斗の睨みで)僕が居ることに納得してくれたみたいだし。だから、澪斗は外の世界で好きなことをしておいでよ」

「すみません兄上、俺は、」


「……うん、わかってるよ。僕は、君が一番輝ける場所に居てほしい。生真面目な澪斗だもん、あの人達を放っておけないよね。君のここ数日の様子で、わかってしまうよ」


「あの者達は……本当に、裏社会で例外の頂点にいるような者達なのです。俺は兄上の傍にいなくてはならないのですが――――」


 その後の言葉に詰まり、自分でも何と続ければ良いのかわからず、澪斗は俯く。命の片割れである兄の傍にいなくてはならないのに、それ以上のことなど自分には無いはずなのに。


「僕なら平気。だって、好きな研究をしていられるんだもん。今回の件で、少しは居心地も良くなりそうだし、ね」

「もし兄上の身に何かあれば、必ず俺は帰ってきます。ですから、連絡はきちんと……」

「ふふっ、そっちこそ、たまには連絡くれると嬉しいな。『便りがないのは元気の証拠』って言うけど、僕が不安になるからね」

「はい……必ず」


「行ってらっしゃい、澪斗。そして、辛くなったらいつでも帰っておいで。ここは、君の家なのだから。君の片割れが、待ってるよ」


 ダヴィデの星がついた腕輪をした右手を掲げ、聖斗は空に親指を突き立てる。その仕草を、澪斗も真似て。



「……行って参ります、兄上」



 双子が浮かべていたのは、温かく優しげな笑み。



          ◆ ◆ ◆



「『なんで』とは、何だ。俺がココに居て悪いのか」


「そうじゃなくて……氷見谷に残るんじゃなかったの!?」


 平然と言い放った澪斗に、希紗は動揺する。鼓動が、跳ね上がる。


「まぁ、俺もそのつもりだったのだがな。兄上に言いくるめられ、結果的にこうなってしまった」

「じゃ、じゃあ、これからもココに……?」

「不本意ながら、な。当分俺は、ここで愚か者共と付き合ってやることになりそうだ」

「そっか……そうなんだ……」

「だから、何故泣くんだ」


 別れても、久々に会っても泣く希紗に、澪斗は謎が解けない。……きっと彼は、永くその疑問を解けないのだろう。


「……そういえば、あの時、貴様は最後に何と言ったのだ?」


『私だって忘れないから、絶対……だって私――――』


「え、えっ、あ、ああっ、アレは……その…………秘密っっ!」

「何故だ。そう言われると気になるではないか」

「い、いいじゃない、何だって! ……いつか、言うから――――」


 「ならば今言えば良いものを」と不思議そうな顔をする澪斗を直視できなくて、希紗は濡れた、赤い顔を隠す。



「そうだ希紗、ノアの整備をすると言っていたろう。やっておけ」

「オッケー、任せてっ」


 涙の笑顔で《希望》という銃を受け取った希紗は、どのような想いを感じていたのか、知っているのは彼女だけ。




          依頼7《生者への鎮魂歌》完了



これにて、『闇守護業』第七話は終了となります。

今作もお付き合いくださり、誠にありがとうございました。

何かお言葉を残していってくださると、大変作者の励みになります。

また後日、しばらく間を空けてから続編を投稿する所存です。

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