第五章『偽りと銃声』(7)
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「もうしばらく待ってください、すぐに準備できますから」
空気が乾燥しきった青空の下、巨大な豪邸の前で聖斗がにこやかに言った。
それぞれ私服に着替えた真達五人も、そこで賑やかながらも待つ。別れの時を。
「純也、あの事だが……」
「何、澪君?」
珍しく歯切れの悪い澪斗を、純也が不思議そうに見上げる。『あの事』という言葉が指す出来事に、覚えがない。
「あの……あの失言を、撤回させてほしい。俺はあの時、あるまじき発言をした。悪かった」
間違いなど起こさない、もしくは認めない澪斗が、純也に謝っている。そのことに驚きながらも、純也はすぐに微笑んで。
「いいんだよ、僕も感情的に動いちゃったわけだし。気にしないで」
そう言う純也のどこにも、誤魔化しや偽善は見えない。だからこそ、もう一度「本当に、悪かった」と謝罪の言葉を。
そこへ割り入ってきたのは遼平。まだ包帯を巻いた右脚でびっこをひきながら、ふて腐れたように澪斗を睨む。
「おい、俺にも謝れよ紫牙。てめぇが正体バラすのが遅かったから俺が撃たれたんだぞ?」
「いや、貴様には必要無いだろう、全て台本通りだ」
「俺が撃たれるなんて台本にねぇよ! 俺がいなかったら今頃死んでたくせにっ!」
「何のことだ? 貴様に恩を着せた覚えもなければ、俺が恩を着た記憶も無いが?」
あっさり淡々と白を切られ、分かり易く遼平の額に青筋が浮かぶ。どうやら今回のことは澪斗の中で自動的に『帳消し』になっているらしい。
「て、てめぇ……! もう一度てめぇの口真似すんぞっ、すんげー情けない声で! 『兄上ぇぇ〜』とか!!」
「するな愚か者がぁ!」
「痛ぇっ! 紫牙っ、今わざと撃たれた方の脚蹴ったろ!?」
澪斗の声色を真似た遼平の右脚を思いっきり澪斗が蹴った。苦悶の声をあげて情けなくジタバタする男を、少年が苦笑の表情で迎えにきたリムジンに引きずっていく。
「豊臣はんはどうなん?」
「はい、両手両脚に重傷を負っていて、命に別状は無いものの、もう暗殺業どころか一人で生活するのも無理な身体のようです。どうやら澪斗が意図的に四肢を狙ったらしいですね。お父様には全てを話しました」
「聖斗……これからが大変やと思う。でも、」
「僕らの《生》は、愛され、望まれているんですよね」
完璧に言葉を先読みされてしまい、やはりその高い知性に感心する。苦笑して、「せや。わかっとるならエエんよ」と続けた。そこでふと、聖斗が何気ないことを思い出したようにポン、と手を打って。
「そうだ真さん、今回の依頼料、中野区支部の口座に振り込んでおきました。すみません、あまりお支払い出来なかったのですが、せめてもと――――二十億ほど」
「にっ、二十億〜!?」
「はい……ごめんなさい、僕のポケットマネーだけだと、これくらいしか用意出来なくて。なんとお詫びすればいいか……」
どんどん頭を深く下げる聖斗に、真はオロオロする。むしろ、彼が土下座したい気分だ。ポケットマネーで軽々しく二十億とか出すこの男は、どんな金銭感覚なのだろう。
「すんませんすんませんすんませんっ! こんなヤツらなのにすみません!!」
「え……真さん??」
ついには泣き出した真も、純也によってリムジンに乗せられる。純也はただ、「またね」と再会を望む別れの言葉で手を振った。
「澪斗……あの、さ……」
「どうした?」
残っている希紗に、澪斗が怪訝な顔で問う。俯いたまま、彼女は顔を上げようとはしなくて。
「頑張って、ね……私応援してるから、頑張って」
「あぁ、貴様に言われずとも力は尽くす。これからはココで『紫牙』として影から兄上を支えていく。案ずるな」
「そう……よねっ、そうじゃなきゃ澪斗じゃないもんね!」
「希紗……何故泣い――」
満面の笑みで顔を見せた希紗の目元に溜まった涙に、澪斗の手が上がる。しかし、彼女はそれを振り切るように背を向けて走り去ろうとしていく。
「おいっ、希紗、ノアを……!」
「それ、持っててよ! また会った時に整備してあげるから、大切にしといてよねっ!」
「希紗っ!」
思わず、呼び止めていた。彼自身、伝えたい想いがわからないまま。それでも。
「貴様には……兄上共々、実に世話になった。俺は貴様を…………生涯、忘れない」
「あ……当ったり前でしょ! 私だって忘れないから、絶対……だって私――――」
振り返らずに言い放った、必死に震えを抑える声。小さく、小さく、微かな言葉。そして彼女はすぐに、迎えのリムジンに乗り込んでしまう。
「さようなら、ありがとうございました、皆さん!」
「……壮健にしろ」
「また何かあったら僕達に連絡してね!」
「二人とも、身体は大切にな〜」
「……じゃあな」
大きく手を振る聖斗とその後ろで腕を組んでいる澪斗に見送られ、四人を乗せたリムジンは豪邸から離れていく。
……静かに、とても静かになった車内で、ただ一つの音。
彼女のすすり泣く声を、ただじっと聞いていた。