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第五章『偽りと銃声』(5)

 その音が重ならなかったのは、澪斗が一刹那だけ速かったから。しかし彼の銃弾は豊臣の銃身に当たっただけで、豊臣の銃弾は確かに澪斗を貫通した。

 ただし銃身に弾が当たったため、照準はずらされる。狙った左胸ではない、銃を握っていない澪斗の左腕へ。

 その一発を見た豊臣は、眉間にシワを寄せて、懐で隠していたもう一つの銃を取る。


「それが貴様のやり方か」

「暗殺業に、殺り方のルールなど無いのですよ!」


 二丁の拳銃が、澪斗を狙う。澪斗も構えるが、明らかに勝負は目に見えていた。それでも、それでも仇を討ちたい気持ちは変わらないのだろう。己の命など、惜しくはないのだから。


 何かが光った一閃は、澪斗にも見えただろうか。

 ほぼ同時に引き金を引いたために、わからなかったかもしれない。

 ただ、



「勝負にそんなのヤボじゃねーか、ジイさん?」



 ただ、そんなふざけた声は聞こえたかもしれない。



 床で立てなくなっていた遼平が、咄嗟に手元にあったガラス片を投げた。

 そのガラスに刺された豊臣の片手から発砲出来なかった銃が落ち、もう片手の銃は澪斗の放った銃弾に弾き飛ばされて。 


「……終わりだな、豊臣よ」


 一瞬で丸腰にされ自失状態になった暗殺者に、躊躇いなく銃口を向け、引き金に力を込める。



 銃声が四度、連なった。








「……いいのかよ、紫牙」

「これで俺の目的は果たした。終わりだ、全て」

「まだ全部終わってねーんじゃねえ?」


 その言葉に、ふと兄の顔が過ぎって、「そうだったな」と呟く。真達がついているから心配はいらないと思うが、黒幕とどうなっているか気になる。


「ところで蒼波、先ほどのガラス片はどこから出した?」

「あ? なんか手元に落ちてたんだよな……コレは……?」

「フォトスタンド?」


 粉々に砕けたガラス片の下に何かを見つけた遼平がふっと口元を引き上げる。軽くにやけた声で。


「……てめぇは愛されて望まれてたんじゃねーか、親に」

「なに?」


 遼平が腰を下ろしたまま澪斗に手渡した一枚の写真には、微笑んだ二人。

 緑色の髪を流して幸せそうに微笑む妊婦と、椅子に座ったその妊婦の肩に片手を置いた男。おそらく、聖斗と澪斗の本当の母親と、勝人。


「あぁ……そうだったらしい」


 暗闇の部屋の中、俯いた澪斗の表情は見えない。ただ、写真を持った指に、力が込められていた。






「…………なんだよ」


 ふと、写真を胸ポケットにしまった澪斗が、腕を下ろす。その手を訝しげに見やる遼平。


「……貸してやる」

「は?」

「手を貸してやる。貴様、その脚では立てんだろう」


 先ほどからなんとか立とうとしていた動作に、気付かれていたらしい。いつもなら腹の立つその偉そうな口調で、しかし思いもかけなかった言葉を言われ、怒りより先に驚きが来る。


「……恩には着ねぇからな」

「貴様に恩など着せるものか。ここに貴様を残すと面倒なだけだ」


 澪斗の右肩を借りて、ふらつきながらも立ち上がる。脚を引きずって歩き出しながら、小さく「てめぇも腕ケガしてるくせに」と聞こえないように呟いていた。



          ◆ ◆ ◆



 聖斗が何と言ったのか、誰も理解出来なかった。あまりに唐突すぎたのだ、その内容が。


「あ……あんた、どこまで馬鹿なの!? 『殺せ』ですって!?」


「えぇ、僕は馬鹿ですよ。蘭様にとって僕が邪魔なら、あなたの手で殺してください。人に殺意を抱くのは自由ですが、実行したいのなら、それなりの覚悟が要るのです。……人を殺したいのなら、その手を紅く染める覚悟をしてください」


 「それが有るのなら、どうぞ僕を殺してください」と、最後に付け加えて。真剣な表情で、殺しやすいように一歩踏み出す。


「聖斗っ、何言ってんのよ!」

「ごめんなさい、だけど、これが僕なりの覚悟なんです」

「あんたが亡うなったら澪斗はどうすんねん!」

「……澪斗は……彼は生かしてください。もう、これ以上彼がこの家のコトで束縛されるのは、嫌なんです。氷見谷と澪斗の狭間を繋ぐ《僕》が消えれば、彼は本当に自由になれる」

「澪君は、そんなの望まないよ! 悲しむよっ!」

「…………最後の、僕の我が儘です。これが結果的に、きっと彼のためになる……」


 聖斗は警備員達に振り返らなかった。ただ弱々しくも微笑んでいるであろうことが、誰にもわかった。


「蘭様、ご覚悟はできましたか?」

「わ、私は……っ」


 ガクガクと震えながらも、奥方は慣れない手つきで撃鉄を起こした。両手で銃口を上げる。





 「さよなら」という言葉は、一体誰に届いただろう。



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