第五章『偽りと銃声』(4)
◆ ◆ ◆
「そこまでです、蘭お母様」
急に部屋の蛍光灯が点き、奥方蘭の鼓動が跳ね上がる。驚愕の瞳で研究室の扉へ振り返ると、そこには。
「なっ何故、あんたがココに……!」
「説明しましょーか、奥方様〜?」
白衣の聖斗の後に入ってきた希紗が、不敵な笑みを浮かべる。どこか悲しそうな純也と、険しい視線を向けてくる真が扉を塞ぐように立って。
「今頃暗殺屋に捕まったフリしとんのは、澪斗とウチの社員の遼平でっせ」
「台詞の台本は、聖斗監修の下、私が作りました〜。どんな声色でも真似できる遼平の能力と、私の特殊メイクで。二人とも背丈近いし。ちなみに、私達の部屋に取り付けられた盗聴器の前に声を録音したテープを流してるんで、それも罠で〜すっ」
見事に罠にはめたコトが嬉しいのか、勝ち誇った表情の希紗。それに反比例して、顔面蒼白になる蘭。
「蘭お母様……どうか、僕達から手を引いてください。貴女には手を出しませんし、勝太君が跡取りで構わない。澪斗と僕を狙わなければ、僕達はもう何もしません」
訴えかけるような、聖斗の物憂げで切実な声。それを、奥方は引きつった笑みで嘲った。
「ふ……ふふふふふっ、相変わらず馬鹿なガキ! 誰があんた達から手を引くって? 私が手を引く時は、あんた達が死んだ時よっ!」
ヒステリックに響く嘲笑に、聖斗はどこまでも悲しそうに視線を落として。
「あぁ忌々しいっ、全くもって忌々しい! あの女と一緒に死ねば良かったものを、いつまでも生き続けて……あんた達なんか、誰からも愛されていないのに!!」
「……黙んなさいよ、オバサン」
木刀を握った真より、拳を握り締めた純也より、早い言葉があった。暗い、暗い、怒りを込めた音。
「『誰からも愛されていない』? ふざけんじゃないわよ、二人を愛していた人を奪ったのはアンタでしょ? ……それに、まだいるのよ、愛している人は。どんなに殺したって、愛されるべき人間はまた愛されるの!」
希紗の叫びは、彼女の純粋な激情から。二人の愛する人を、二人の未来を、あの人の感情を奪った、その怒り。あの孤独な顔を思い出すと、何故か無性に泣きたくなる。
「何がわかると言うのよ小娘……腹が立つわ! あの女も! ガキ共も! 紫牙の血を引く者など、氷見谷にはいらない!!」
「蘭お母様……どうしても、あなたは僕達のことを……」
「本当ならこの手で殺してやりたいのよ! 勝人様も、氷見谷も、私だけのものなのにっ! その口で私を『母』などと呼ばないで!!」
俯き、震えた声で静かに、「そうですか」とだけ呟く。そして白衣のポケットから取り出したモノを、蘭へと放物線を描いて投げ渡す。
「なっ、何の真似よ……コレ……!!」
「ならば、それで僕を殺してください、蘭様」
澪斗が持っていたモノと同じ型の、拳銃を。
◆ ◆ ◆
「はい、私めが春菜様の仇の暗殺屋でございます」
場違いなほどうやうやしく、頭を下げる執事、豊臣。しかし確かにその片手には、狼の入れ墨がされた素手には、銀色に光る銃。
「く、く……くくくくっ……そうか、そうだったのか」
「紫牙……?」
聞いたこともない、澪斗の笑い声は静かに残響する。己を嘲笑うかの如き、その微かな音。
「愚かだ、実に俺は愚かだ。五年もかけて探していた人間が、これほどまでに近くに居たとは。いつからだ? 貴様が暗殺屋などをしていたのは?」
「私は元より、しがない殺し屋風情でありました。勝人様に専属の暗殺屋になるよう依頼され、表では執事をしながら、旦那様の邪魔になる人間を裏で殺してまいりました。しかし蘭奥様には気付かれてしまい、密かに聖斗様、澪斗様の暗殺を依頼されたのです。勝人様はご存じではありません」
「……いや、おそらく勝人は気付いていただろう。だが、それを蘭に責めて、その腹いせに蘭が真実を社会にバラすのを恐れたのだろうな」
「そうかもしれません。ですが、私は依頼を遂行するだけです。今度こそ、お二人を殺してみせましょう」
「良かろう、やってみるがいい。この時こそ俺が望んだ瞬間だ」
ノアを腰に戻し、リボルバー式マグナムを抜く。二人同時に撃鉄を上げ、銃口を向け合う。
「……その銃……私と同じモノですか。奇遇ですかな?」
「あえて貴様と同じモノにしたのだ。あの現場で貴様がその手に持っていた銃と、同じモノに。ふざけたヤツだ、暗殺にそのような銃を用いるとは」
おそらくあの現場で、派手に車が横転するように照準を定めて撃ったであろうその銃は、射撃に向かないリボルバー式銃。ライフルなどの方がよほど暗殺に向いているのに、あえてソレを使ったのは、よほど己の腕に自信がある者か。
そしてその『ふざけたヤツ』を探し求めた澪斗は、憎しみを忘れぬように同じ銃を持って。大切な人間を奪った者を、大切な人間を護れなかった自分を、忘れぬように。
「「覚悟」」
それはどちらに死を覚悟させる言葉だったのか。
それはどちらも死を覚悟した声だったのか。
銃声は、二度鳴った。