PL『いつかの悪夢』(1)
依頼7《生者への鎮魂歌》セイジャヘノチンコンカ
PL『いつかの悪夢』
垂れ流された油が、むせかえる程異臭を放つ。
……熱い。
強打して痛めたらしい腕も気にせず、もう片腕で彼女の手を握っていた。全力で引いているのに、細いその手は全く動いてくれない。
「っ、くっ……」
小さな炎が、俺の感情を弄ぶようにじわじわと迫る。
(何故こんな……っ)
そんな思考が離れないが、今は疑問を感じている場合ではない。弱っていく彼女の手を、ありったけの力で握り締めた。
必死に広い周囲を見渡して、一瞬だけ、闇以外のモノを目が捕らえる。
顔が闇に支配されていてよく見えない……男だ。狼の入れ墨がされた手の甲には、銀色に光る銃。俺と目が合ったように思った時には、逃げ去っていった。
「待てっ!」
追おうとして、自分が握っていた手を思い出す。駄目だ、ココを離れるわけには……!
「……は……やく、」
「しっかりしろ!」
苦しそうな彼女は、聞き取りづらい微かな声で、何かを伝えようとしてくる。潤んだ瞳をこちらに向けて。
「おねがい……逃げて。はやく」
「馬鹿を言うな! 死にたいのかっ」
彼女は、俺の腕を振り払って口を開いた。次の言葉に、ただ目を見張る。その時、驚きと、怒りと……悲しみが絡み合って幼い思考を掻き乱した。
身体を押さえられ、後ろに引っ張られていく。その力に精一杯抵抗しながら、遠ざかっていく彼女へ腕を伸ばし、俺は溢れる感情に絶叫するしかなかった。
「春菜あぁぁぁぁー!!」
◆ ◆ ◆
半分は自分の叫びで、目を覚ました。
横向きになって寝ていた身体を起こすと、冬だというのに汗でシャツが濡れている。自然と鋭くなってしまう瞳で、ベッド脇の時計を確認してみれば、まだ早朝の四時。立ち上がって窓のカーテンを引くが、当然、外は暗かった。
「…………」
汗で濡れたシャツの不快感と、それ以上の夢見の嫌悪感に、澪斗は窓に半透明に映る己の顔を睨む。その行為が何の改善策にもならない事を知っていながら、それでも自分の表情ごと闇の空を睨み続ける。
久方ぶりの、あの悪夢。己を戒めるような、本来の姿を思い出させるような、いつかの幻。
逃れえぬ、忘れえぬ、人殺しの宿命。
しばらく立ち尽くしていたが、冷えてきた身体に我に返り、窓に背を向けて部屋を出ていく。
光昇らぬ空は、あの日の男の心と同じ、絶望色。