第五章『偽りと銃声』(3)
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部屋に反響した銃声は、紅を捲き散らし、目を見張らせる。
「な、んで……長男が!?」
縄が勝手に解け、座り込んでいた聖斗の手にある銃から上がる硝煙。その弾丸は、澪斗の首を締め上げていた男の腕を貫通して。
澪斗が片脚で着地しながら縄を引きちぎり、聖斗は四角の眼鏡をかけ直す。
「ったく、行動が遅ぇんだよてめぇは。しかも台詞棒読みじゃねえかバーカ」
「貴様こそ、全く似ていない。俺はそんな馬鹿面ではない」
「ンだと? 俺は演技派だって言ったろ?」
にやついた口元を引き上げる弟と、手にした銃に一発分の弾丸を装填した後に腰のホルスターに戻す兄。どちらも声色が先ほどまでと違い、《澪斗であった》方が、顔を剥がした。
「っかぁー、息苦しいんだよこのマスク」
「フン、それくらい耐えろ愚か者が」
「てめぇはいいよなぁ、そのツラのまんまでいいんだからよ、紫牙?」
「兄上の表情を真似るのは、マスクをかぶるより至難の業だ、蒼波」
いつにないくらい真面目に警備服を着こなしたのが、遼平。
白衣の下にホルスターを隠し付けていたのが、澪斗。
「変装……!? お前ら、いつからっ!?」
「聖斗の部屋に入ったのは俺らだ。あの部屋を外からてめぇらが覗いてた時点で、既に入れ替わってたんだよ」
「あの会話で騙しきれるとは、愚かな者どもだ」
澪斗がノアを構え、遼平は指が出る革の手袋をはめる。まだ唖然としている男達を二人で嘲笑してから、《掃討》を始めた。
「よくもこの俺様を撃ってくれたなぁっ」
「貴様ら雑魚に、マグナムでは勿体ないな」
左脚で顎を蹴り上げ、中途半端な紺髪を乱しながら動けない者に殴りかかる遼平。一方で、今回は針のような弾丸を黒銃から首もと脈に目掛けて撃つ澪斗。麻酔針のようなモノらしい。
この二人に七、八人という人数では、裏の人間でも少なすぎる。一分としない内に、覆面の男達は全員床に伏していた。
「弱っちいなオイ。これで終わりかぁ? ってか、ココどこだよ?」
「……おそらくココは、屋敷東端の部屋だろう。かつて兄上や春菜と居た記憶がある」
部屋の中央には、花壇だったらしき跡。まだこの部屋が光で溢れていた頃、美しいバラが咲いていた。その記憶に、遠い日、花に切られた手を思い出す。今となってはあらゆる人間の血で汚れた、その手で。
しかしその思い出を振り切り、澪斗は一人の胸ぐらを掴んで、睨む。
「貴様らが、十二年前に春菜を殺した暗殺屋か?」
「ち、違……、それはあの人……!」
「《あの人》? その者の名を言え!!」
「その必要はございません」
丁寧でゆっくりとした声色と、銃声がしたのは同時で。横に立っていた遼平が、苦悶の声をあげて倒れていく。
「蒼波!?」
「紫牙っ、ボーっとしてんじゃねえ!」
次の瞬間には、伸ばされた遼平の腕が澪斗を突き飛ばす。澪斗が居た場所、その床に、鉛弾が突き刺さっていた。
闇に慣れた澪斗の瞳には、あの右脚太ももを再び撃ち抜かれて床に膝をついた遼平と、彼を撃った者が持つ銃の光が映る。
堂々と部屋の扉から入ってきた人物、その手に狼の入れ墨をした男、それは。
「貴様が……貴様が春菜を、俺達を狙っていたのか――――豊臣!?」