第五章『偽りと銃声』(2)
汚れた埃の空気を吸った喉の痛みと、何かに小突かれて身体が揺れる感覚で聖斗は意識を取り戻す。闇に目が慣れないので、把握できる現状は自分の身体が拘束され、床に座らされていることだけ。
「――上、兄上、ご無事ですか?」
「あ……澪斗? これはどうなって……」
「……先手を取られたようです」
「敵に捕まったってことか……。ここはまだ氷見谷家敷地内かな」
「おそらく。俺達が気を失ってからそんなに時間は経っていないように思います。……すぐ俺達を殺していないということは、場所を選んだか、もしくは――――」
「気がついたかぁ、長男次男」
徐徐に夜目に慣れてきた瞳は、部屋の窓を割ってこちらへ侵入してくる影に気付く。七、八人の覆面マスクをした男達は、立ち上がれない双子を取り囲んだ。
「外の警備員は大方始末してきたからな、助けは呼べないぜ、長男」
「貴様らが暗殺屋か……! 縄を解けっ、勝負しろ!」
「はぁ? ……えーっと、情報では気が強い方が次男だったか? 双子ってのは面倒だな……。おい次男、捕まってるって現実がわかってるか? 誰が勝負なんかすると思うんだぁ?」
嘲り、呆れた笑い声。強く唇を噛む澪斗が、拘束されながらも殺気を放つ。その気配に、覆面の男達は眉をひそめて。
「……確か、次男の方は厄介な警備員なんだよな? こっちから先に始末していいんだよな」
「あぁ、そのはずだ。あの人が来る前に、殺そう」
『あの人』という単語に双子が反応する。その言葉が指しているのは、叔母を殺した暗殺屋か、もしくは黒幕か……。
「情報によると……次男は銃を二丁持ってるはずだ。取り上げとけ」
一人が、澪斗の腰から銀と黒の銃を抜き出した。他に銃を持っていないことを確認し、一番大柄な男が澪斗の首を掴んで細い身体を掲げる。
「澪斗っ!」
「あ……にうえ……っ!」
「そのまま次男は絞め殺せ!」
片腕で持ち上げられてしまった身体がもがくが、首を掴む握力は段々と強くなっていく。かすれる声で、それでも瞳に憎悪の殺気を浮かべて。
「貴様のようなクズの手で死ぬものか……俺にはやらねばならぬことがあるっ!」
「てめぇ……負け犬の遠吠えが好きらしいなあぁ!」
大柄な男は額に血管を浮かばせて、空いた片手の拳銃で澪斗の右脚太ももを撃ち抜く! 苦痛の悲鳴を堪えたのか、それとももう声が出せないのか、くぐもった音を出す喉。
抵抗していた身体の動きも、鈍くなっていく。
「じゃあな、次男」
心地良いほどに澄んだ銃声が、響いた。
◆ ◆ ◆
冷たい地下へ降りる階段に、一つの足音。この屋敷に似合い、この先の地下室にはそぐわない漆黒のドレスをまとった女性。彼女が持った盗聴器から聞こえる、ノイズと会話。
『遅いなァ、澪斗と聖斗』
『何やってんだよ、紫牙のヤツ』
『せっかく計画の準備したのに〜』
『何かあったのかな……僕、迎えに行ってこようか?』
『面倒だからやめとけ。そのうち来るだろ』
「……本当に、愚かな者達ね」
つい口元が引き上がる、ドレスの女性……奥方、蘭。その微笑みは、天使にしては禍々しく、悪魔にしては美しくて。やがて、地下研究室の扉が眼前に。
扉を開けるための暗証番号などとうに知っている。厚い扉が開くのはすぐで、闇の研究室へ入る。
「ディスクは…………コレね」
暗闇に慣れない目で、なんとか手探りで探し当てる。メインコンピュータの横に、丁寧にケースにしまわれたディスクがあった。
「私の勝ちよ、忌々しいガキ共」