第五章『偽りと銃声』(1)
第五章『偽りと銃声』
「兄上、早く……」
「まぁ待ってよ澪斗。どうせ研究ディスクは開発部に置いてきたんだし……僕にも色々と準備があるんだからさ」
本人は急いでいるつもりらしいがとてもそうは見えない速度で、聖斗は支度を進めている。この私室から、真達のいる部屋にこもる準備だ。
「いくら蘭お母様でも、完成した途端に僕を殺すなんてこと、しないかもよ? お父様だって怪しむし……数日は我慢比べになるかもね」
「そうかもしれませんが、用心するに越したことはありません。それにあの女なら、やりかねない……!」
やはり気休めは通用しないことを、聖斗は察する。緊張している弟に、今はどんな言葉をかけても力になれないのだと、自分の無力さを噛み締めるが、表情には出さない。
何も、してやれない。
それは十二年前と……子供の頃と変わらないのか。この五年で更に弟は強くなって、自分は無力な兄のままで。誰かを護れるだけの力が、この手には無くて。
「澪斗あのさ……君は、僕を残して逝かないよね……?」
「兄上?」
「僕達は別々にならないよねっ? 澪斗を失ったら僕は……っ」
「……兄上、俺は、」
思い詰めた感じの聖斗の言葉。再び肉親を失うのでは、という恐れ。振り返って弟を見つめる聖斗に、澪斗は鋭い瞳で言い放つ。
「俺のことは、もう死んだものと思ってください。本当は五年前のあの日から、俺達の繋がりは――――」
「澪、斗? そんな……」
「本当はもう、貴方を兄と呼ぶ資格なんて俺にはありません。俺は復讐者で、人殺しだ……」
その眼の色は突き放すような冷たさがあった。少し前までの人間としての感情を思い出しかけた声色とは、明らかに違う。
「澪斗……君は昔からそうだ……自分勝手だよ。護られ、残される惨めな僕の気持ちを、考えたことはあるかい!?」
「……」
「澪斗を失うということは、僕にとって心を半分奪われるのも同然だ! 僕は君の兄だよっ、たとえ何があったとしても! 生を受ける時も、死を迎える時も、僕達は共にあるっ!!」
絶対に断ち切れない繋がり、命を共有した存在。その終わりが来る時も、一緒だと。聖斗はそう信じていて。両極にいる双子の共通点は、愚かしいほどに実直なこと。
声を荒げた聖斗は冷静さを取り戻し、俯く。
「……ごめん。わかってるんだ、澪斗が春菜さんをとても愛していたことは。そして僕は少しでもそんな君の力になりたい。けど理解してほしいんだ、僕も澪斗も、心を持った人間だということを」
受け入れられないと薄々感じながらも、必死に澪斗へ訴えかける。鏡に映った己のような弟は、困惑した顔をして押し黙ったままだ。
「僕らは心を持っているんだ、復讐の機械じゃない。自分のために喜んだり悲しんだりしてもいいんだよ。だから澪斗、どうか過去に縛られないで……」
言いたい事が、言わなければいけない事が多すぎて、聖斗は自分の頭の中で起こる混乱に首を振る。言葉の羅列が支離滅裂であることをわかりながら、それでも口は紡ぎ続ける。……残された時間が少ないことを、悟っているかのように。
「ごめんね澪斗、僕わけわからないよね。らしくないな、本当に……何かの予兆かな?」
「兄上……無理はなさらないでください。俺が必ず……」
無理をして苦笑する兄に、弟が腕を伸ばそうとした時、不意に異常な気配を感じた。室内に何かが転がり込んでくる音がして、直後、その黒い物体が白煙を噴き出すっ!
「これはっ?」
「兄上!!」
白煙と共に視界が歪んでいく頭痛に抵抗しながら澪斗は聖斗へ駆け寄ろうとするが、お互いが伸ばした指先寸前で二人の意識は途絶えた。