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第四章『レクイエム』(6)

 その問いの意味が、決してわからないわけではない。答えも、真は充分知っている。それでも、喉から音が一瞬出なくなって……十年前を思い出す。


 噴き出す鮮血と、肉や内臓の悪臭、空気を裂く悲鳴、命乞いの嗚咽、そして物言わぬ斬り捨てた躯。真の記憶は、己に残酷なほどそれを鮮明に覚えていて。忘れたことなど一度も無いが、いざ思い出させられると強い感情が湧き起こる。


「貴様にとって過酷な問いであることはわかっている。答えたくなければ構わない」

「……エエよ、今回ワイに出来る事といえば、これくらいしかないやろ」


 昔はよく見た、あの大人びた苦笑になる。澪斗とはまた違う、人を寄せ付けられない顔。優しく他人との接触を拒む、これもまた孤独な表情。


「って言うても、ワイはあんたほど頭良くないから全然正しい答えになんてならんけどな」

「この問いに正しい答えなど無いことを、俺も貴様も知っているはずだ」


 「そりゃそうやなァ」とまるで今気付いたような仕草をする。先に行ってしまった者として、仲間として、《同胞》として、答えなければいけない気がした。真の答えは……。



「……あの頃……、ワイは澪斗ほど理性を持ってなかった。頭ん中真っ白で、ただ人を恨んで……殺しても殺しても、すぐ次の人間を殺したくなる。そして最後の仇をやっと殺した時……何かがワイの中で崩れて、全部が嫌になった。心は晴れんかった。ワイは、『両親の仇を討つ』という生きる支えを、その瞬間失ってしまったんやろな。だからもう生きる支えが無くて……呼吸すら辛くてな。まるで……そう、まるで父ちゃん達が死んだあの時と同じ絶望を再び感じて。段々生きてることが、一秒一秒が苦しくなってきて、死にたくなって……!」



 澪斗は黙って聞いていた。真の言葉をしっかり刻みながら、彼の辛そうな告白をじっと聞きふけっている。己の答えも同時に探しながら。


「復讐は……果たすまでは生きる意欲が燃えとるよ。でも終わった途端、その悪魔の感情を力に換えた代償に、心全てを奪われる。……だから、今ここにあるワイの心は偽物や」


 本当の、生まれた時に授かった人間としての心は、もうこの胸には無い。だからどんなに喜んでも、怒っても、悲しんでも、その感情は所詮偽物で。一度消え去った心は戻らない。……ずっと、そんな感じがしていた。


「……それとこれはわかりきった余談やけどな、復讐は連鎖する。残された者が復讐を果たし、それによって残された者がまた凶器を手にする。……あんたには、まだ失えんモンがあるんとちゃうか?」


 真が復讐をした十年前、彼には失うモノは己の命しかなかった。だから、彼は強かった。だが今の澪斗には……?


「俺に失うモノなど何も無い。兄上も死を覚悟してらっしゃるのだ、俺達にはもう、何も残ってはいない」

「あんたを失いたくない人間がいたら?」


「邪魔だな」


 澪斗は迷わなかった。真には、今澪斗が嘘をつく理由は無いと思われたし、その可能性も有り得なかった。彼は、復讐者なのだから。

 真はそこで初めて、あの澪斗の持つオーラに懐かしさを感じた理由に気付いた。昔の澪斗によくあった、あの誰も寄せ付けない冷たい空気は、真自身が過去まとっていたモノだ。そう、あの十年前に。《復讐者》のオーラ、殺意を心に秘めた者の空気。だから知っていた……だから、触れられなかった。


「……ワイには、あんたの復讐を止めさせる権利も無いし、応援できる力も無い。だから、言えることは一つだけや」

「何だ?」


 立ち止まってしまった真に、澪斗は数歩進んで振り返る。真は強い瞳に、同じように険しい表情の澪斗を映す。




「……死なへんでくれ」



「……フン……」


 その一言で充分だった。短い四年の間で、お互いのことは大体わかっている。改まっていろんなことを言葉にしてみたが、結局伝えたかったことはそれだけで。邪魔だろうが迷惑だろうが、これだけは。



 僅かな沈黙の後、二人が身につけていた無線機からノイズ音が聞こえてきた。誰かが回線を入れたらしい。


『みんな、僕だよ、純也だよ。聖君のプログラミング、終わったよー』

「おぉ、ありがとな純也。もうそっちに向かってるさかいに」

『うん。……僕も警備位置につかせてもらうね』


 回線の音が切れる。今の会話は希紗達にも聞こえたと思うので、準備した警備配置につき始めるだろう。


「さて澪斗、用意しよか」

「あぁ」


 脚を速めて、二人の警備員は地下の開発部へ聖斗を迎えにいった。



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