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第四章『レクイエム』(5)

「……待たせたな」


 扉のすぐ脇の壁に背を預けて立っていた真が、背中を離して立つ。澪斗が出てくるのを待っていたらしい。


「いや。……にしても、やっぱあんたら若いなァ〜」

「は? 何を言っている。貴様、最近精神的に老けてきていないか?」

「悪かったなっ。地がこうなんや!」


 先程の会話が聞こえていたのか、腕を組んでしみじみと言った真に、澪斗が思っていたことを素直に口にする。確かに真には、昔から妙に大人っぽい部分や、中年臭いところがある。まぁ、周囲の者の性格が幼いから目立つのかもしれないが。


「心が老いると、身体も老化が進むと言う。真、精進しろ」

「あんたに言われんでもわかっとるわ! っていうかワイまだ二十代やしっ!」

「人によっては二十代後半から頭髪が薄くなると聞く。染髪や度重なる過労は、抜け毛を促進するぞ?」

「ムカつくーっ! 『度重なる過労』って、誰のせいやと思っとんのや!」

「誰のせいなんだ?」


 また胃が痛みだした真は、腹部を押さえながら地団駄を踏む。飛びかかりたい衝動を必死に抑え、小声で「落ち着けワイ、落ち着けワイ〜……」と繰り返していた。



 部長が精神的に落ち着いてから、二人は本邸中央部に向かうため、ここ二階から屋外を通る渡り通路を歩いていく。巨大な屋敷の長い渡り通路は、軽く直進百メートルくらいか。


 ふと、外であるのに音楽が聞こえることに気付いた。屋敷内のBGMではない……人の歌声のような音。耳を少し傾ければ、よく聞こえる。高いソプラノの、優しい音色。その音は心を癒し、胸に響く。


「この音は……なんだ?」

「これは……もしかすると、アレやな」


 笑みを漏らし、真は頭上を仰ぐ。ここからでは渡り通路の天井しか見えないが……。


「アレとはなんだ? こんな曲は聞いたことが無いが」

「ワイも聞いたことは一度しかないけどな、アレは……遼平や」

「蒼波?」


 これが遼平とは? 確か遼平は、今ごろ屋根の上にいるはずだ。特殊な聴覚を最大限に生かすには物に音が遮られない場所に限る。だから広がった場所である、本邸の屋根の上で異常が無いか警備している――――はずだが。


「なんでも蒼波一族に伝わる唄らしいんよ? 綺麗やろ」

「唄だと? この声は蒼波ではあるまい」

「《音の民》は、あらゆる人間の音域を出せる。いつもは普通の男の声出しとるけど、その気になればどんな声色も楽勝なんやってさ。……にしても、遼平が今、コレを歌うなんてなァ」


 この優しいソプラノの音が遼平から? 信じられない……というか、信じたくない。だが澪斗にとって、遼平だと思わなければ、これほどまでに美しく感じる音はない。


「蒼波め、警備をなめているのか……っ」


「違うと思うで。アレはな……蒼波の鎮魂歌なんや」


「レクイエム?」

「亡くなった人を想う時に、歌う曲らしい。蒼波に伝わる、魂鎮めの唄」


 そんな曲を何故、今? 鎮魂歌とは、本来、死んだ者の魂を鎮める為の歌だ。だとすれば、この唄は……。


「……これは春菜へ向けられているというのか……? 馬鹿な、あいつは春菜のことを何も知らんだろうっ」


 憤りさえ感じる。何も知らない者に、鎮魂歌など歌ってほしくない。



「だから違うって。正確には、コレは春菜はんに向けられたモンやない。……蒼波の鎮魂歌はな、『残された者の魂を鎮める唄』なんや」



 目を細めて哀しそうな表情をする真を、怪訝な顔で見る。ゆっくりとした唄が響く中、真は説明を続ける。



「蒼波一族の考えによるとな、『逝った者は帰れない。そんな者達の心残りは、残ってしまった者達の心の傷。逝く者の不安、残った者の幸福の為に、生者へ慰めの唄を。そして、全ての生命に感謝を』――――それが、この鎮魂歌の真意なんやって」



「……ならば……この唄は――――」


「遼平のやつ、機嫌エエのかねぇ。滅多に聞けへんから、よく耳に残しておき」


 呆然と屋根の方を見上げる澪斗に苦笑し、真は流れる心地よい唄に聴き入る。生者の幸せを祈る言ノ葉と精神を安定させる効果を持った旋律が、心を強くさせてくれる。『音楽は人類の偉大な発明だ』と言った何処かの人物の名言は、嘘ではないらしい。

 《音の民》と呼ばれるだけあって、遼平は歌に天賦てんぷの才を持つ。ただあの性格からいって歌うことをあまり好んでおらず、真は彼の歌声を滅多に聞かない。ただ、ごく稀に歌ってくれる時、その表情は誰よりも優しい。……きっと、今も。




 惜しむようにゆっくりと渡り通路を歩いていたが、ようやく扉が目の前までくる。渡り通路の寒かった北風が、両扉を開いた途端一緒に暖かい屋内へ流れ込んでいく。相変わらず人気のほとんど無い回廊を歩いていて、ふと澪斗が口を開いた。


「……真、貴様に訊きたいことがある」

「何や? 珍しいやん、そんな改まって」


 言葉に重々しさを宿しているのを感じ、真は澪斗の横顔を見た。普段も冗談を含んだことのない顔だが、今は特に暗い。




「……《復讐》とは……どのような感じなんだ?」



「……っ!」


 瞬間止まる呼吸、隠しきれなかった悲愴の表情。思い出すのは、十年前の惨劇。


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