第三章『閉ざされた思い出』(6)
水の流れる音と視界をちらつかせる木洩れ日で、聖斗は目を覚ました。寝かされていた上半身を起こすと、額から濡れたタオルが落ちてくる。
「……?」
「あ、聖斗起きた?」
隣りのベンチに腰掛けていた希紗が、立ち上がって前に立つ。自分が寝ていたのは公園のベンチらしい、と状況把握し、聖斗はぼーっと記憶を辿っていた。
「あー……、僕、街中で倒れちゃったんですね。恥ずかしいな……」
「どこか具合でも悪いの?」
「いえ……。たぶん、太陽のせいですよ」
「太陽の?」
苦笑して、聖斗はベンチに座り直す。手の上に落ちた濡れたタオルは、希紗の物らしい。街の喧噪が遠くに聞こえ、前方にある噴水が日光にキラキラと反射する。
「僕、ここ数年あんまり外に出てなくて……いきなり太陽の光なんか浴びたから、頭がくらくらしてきちゃったんです」
「いきなりって……一時間も歩いてないのに?」
「あははは……、すみません。いつも地下室にこもっていたもので」
冬の太陽で日射病になりかけるとは、よほどのことだ。日頃、同僚達の並々ならぬ生命力を見てきている希紗は、危ぶむ。この人物、転んだだけで死なないだろうか?
「僕を運んできてくれたんですか? 本当にすみません、こういうのって普通、男女逆ですよね」
「気にしないで。それより……さっきの話なんだけど――――」
「さっきの話?」
首を傾げる聖斗に、言うのを躊躇う。倒れる直前のことを覚えていないのか……でも聞きたかった、あの言葉の続きを。
「ほら、澪斗のこと……。『たった一つの幸せ』とか、『あの方を失った』、とか……」
「あぁ、僕はそこまで言っちゃったんですね。それは……」
心の葛藤に悩んでから、聖斗は口を開こうと。決意した瞳を、青空へ向ける。希紗はベンチの隣りに座り、言葉を待った。
「皆さんが充分信頼に値する人達だと信じ、僕の口から言いましょう。本当のことを……僕達双子の目的を」
聖斗はポケットから、一冊の手におさまるほどの手帳を取り出す。その表紙の裏に、写真が挟まれていた。手帳ごと、そこを開いて希紗に手渡す。
写真には、二人の子供と一人の女性が写っていた。眼鏡をかけた笑顔の右の子供が、聖斗だろう。だとすればそっくりの左の無表情な子供が澪斗。そして……二人の子供の肩に両手を乗せて優しく微笑む、緑色の髪が肩までかかった中腰の若い女性は――。
「これ……二人が子供の時の? じゃあこの女の人は、本当のお母さん?」
「……いえ、母は確かに出産直後に亡くなったんです。この方は、母親同然に僕達を育ててくれた人――――叔母の、紫牙春菜さんです」
「春菜……」
その名は、確かどこかで聞いたことがある。澪斗がふと漏らした、女性の名。
「全ては、今から十二年前の出来事です。僕達の目的は、春菜さんから……」
そうして、聖斗は風に揺れる噴水の水を遠い目で見ながら、ぽつぽつと語りだした。