第三章『閉ざされた思い出』(4)
◆ ◆ ◆
「ん〜、平和やわァ〜」
いくつもの監視カメラの映像を前にして、真は頬杖をついてあくびをする。希紗が出かけてしまったので、ロスキーパー代表として監視の役目が真に回ってきたのだ。
聖斗の私室周辺も、開発部の付近も異常なし。外の監視映像も見るが、時々氷見谷家の警備員が映る程度で、犯罪など全く感じさせない雰囲気がある。
後ろで氷見谷家の警備員達がざわつき始める。腕時計で時間を確認し、そろそろ警備の交代時間であるのを知った。……真には全然関係無いが。
「にしても、こう何にも無いと腕がなまるわァ。監視なんて何年ぶりやろ〜、入社当時を思い出すな〜。あの頃はワイも若かった〜……」
しみじみと遠い目で頷く。注、彼は現在二十五歳です。
(……お……)
主人勝人の私室に奥方の蘭が入っていくのが、扉前の監視カメラから見えた。今日も勝人は本邸にいるのだろうか。少し後になって、執事の豊臣もノックをして入っていった。そういえば豊臣は勝人直属の執事だったか、と思い出す。
氷見谷家の監視カメラは、室内には取り付けられていない。私室はプライベートの理由で当然だろうが、一階の趣味の部屋達にもカメラが無い。だから、映るのは廊下とどれも同じような両扉。――――例外を除いては。
聖斗の開発部だけ、監視カメラが設置されている。音声こそ届かないものの、あの部屋だけは監視されているのだ。確か入り口にはロックもあったし……流石は企業秘密、といったところか?
「うわ……っ!」
そんな事を考えていて、開発部の室内映像をふと見やると、中で警備員と聖斗(偽)が掴み合って何かケンカを始めているではないか。真はとっさに画面に背中を押しつけて隠す。
「ロスキーパーさん、何してるんですか?」
「い、いや、ちょっとパントマイムの練習を……」
「は?」
氷見谷の警備員に問われ、真は必死に前へ両手を振る。なんとかこの場を誤魔化さなければ! これでは警備員が依頼人を殺害しようとしているように見えてしまうっ!
「あ、そ、そういえば、そろそろ交代の時間とちゃいますのっ?」
「確かにそうですが……」
「なら早う行ったほうがエエですよっ。ここはちゃんとワイが居ますさかい」
「じゃあお願いします」と、あっさり氷見谷の警備員達は部屋から出ていく。平和ボケしているというか、あんまり緊迫感が無い。
扉が閉まるのを確認して、真はくるっと画面に振り返り、無線機に向かって怒鳴る。
「こらァ遼平っ、澪斗! あんたら何しとんねんっ、こっちから見えとるのを忘れたか!?」
無線機のノイズの奥で、真への応答ではない罵り声が聞こえる。アンテナの方向を変えると、ノイズが少し和らいだ。そして、はっきりと向こうの声が聞き取れるようになる。
『この無愛想面がっ! なんでてめぇばっかりモテるんだよ!』
『知るか! 貴様こそそのふざけた顔はどうにかならんのかっ』
『これは生まれつきなんだよっ、しょうがねえだろ!』
『フン、なら貴様は生来の不良品か』
『ンだとこのぉーっ! てめぇっ、言っちゃいけねえ事があんだろうがぁ!』
「…………」
激しい頭痛と胃痛が真を襲う。一体何が原因でこんなくだらない口論をしているのか……とりあえず、今彼が部長として出来ることは。
「この……アホどもがあァ!! 自分の歳を自覚せんか! 小学生かあんたらはァっ!」
『だってよ真! こいつが「いい加減貴様は森に帰れ」とか言うんだぜ!?』
『俺は本当の事を意見したまでだ。真もそう思うだろう?』
「あ〜、なるほど〜……って、そうやなくて! ケンカするなってワイは言いたいの!」
『真てめっ、否定しろよさっきの言葉は!』
『それみろ、やはり真実だろう』
「いや、だからケンカは……」
真の言葉は再び展開しだした罵声に遮られ、もう届かなくなる。純也は屋敷内を警備しているはずだし、ここは真自らが行くしか……と考えていた時。監視室のドアが開いた音がした!
「あれ? ロスキーパーさん何してるんですか?」
監視カメラのモニターに全身で張り付いた体勢の真に、氷見谷家の交代してきた警備員が首を捻る。思いっきりの速度で画面に身体を押しつけた真は、ぎこちなく首だけ振り向いて引きつった笑みを浮かべた。
「は……ははは……、いや、今ココに蚊が……」
「全身で潰したんですか? もう十二月ですけど」