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第三章『閉ざされた思い出』(3)

 空調設備があまりきいていない寒い地下室で、遼平は自動ドアの横に椅子を置いてそこにずっと座っていた。退屈すぎて何度も脚を組み直し、だらしなく背もたれに寄りかかる。


「ヒマでしょうがねぇ〜」


 声に出してみるが、だからといって状況が改善されるわけでもなく。部屋の中央奥、たくさんのコンピューターディスプレーの前で、白衣を着た男がずっとキーボードに打ち込む音だけが残る。

 聖斗の特殊生物工学開発部は、暗いせいもあるのかそんなに広く見えない。


(まぁ、広くする必要がねぇんだろうな……)


 珍しく遼平が察する。昨日知って呆れたのだが、この開発部、実は聖斗以外に部員がいない。一人だけだから、これくらいのスペースがあれば充分、ということか。


「退屈で死にそうだぜ〜、何かないのかよ聖斗さんよぉ」

「……」


 前のディスプレーに集中しているのか、聖斗は何も答えない。その反応に聞こえよがしなため息を吐く警備員。

 淡緑髪の男の前に広がる画面に、英数字が光る。ずらっと並ぶワケのわからない文字の羅列に、遼平は暇つぶしにと見たことを後悔する。……痛い。主に、目と頭が。


「ったく、てめぇの身くらいてめぇで護れってんだよなぁ。おにーさんよぉ」


 遼平の半ば八つ当たり的な言葉に、やっと固い口を開こうとする彼。キーボードを素早く叩く指を止めて。




「……いい加減にしろ、蒼波」


 低い無感情な声で、それだけ言う。聖斗……ではなく白衣を着た澪斗が、肩こりを治すように首を傾けながら厄介そうに振り返った。


「貴様は兄上の警備をしている、フリだけでいいんだ。それくらい出来んのか」

「何を言いやがる、俺はこれでも演技派だぜ? てめぇこそ、そんなしかめっ面じゃあすぐに偽物だってわかっちまう」

「む……。俺にどうしろと言うんだ」

「俺の口から言いたくねぇけどよぉ、少しは笑えばいいんじゃねーの?」


 澪斗は、深く考える顔をして眉間にシワを寄せる。そして、頬の筋肉に力を込めてみる。……が、自然と目の周りの筋肉も収縮され、普段の怖い顔がより一層ひどくなって終わった。


「……お前、本当に不器用だよな」

「くっ、くぅ……っ」


 歯を食いしばって澪斗は必死な形相になるが、当然それでは笑顔にならない。顔のパーツこそ似ているが、本当に聖斗と双子なのだろうか。遼平からすれば、普段澪斗の無愛想な顔を見慣れているぶん、聖斗の平和な笑顔の方が信じられない。


「わあった、わかったからもうやめとけ。これ以上見てると俺が空しくなってくるから」

「く……何故兄上はあのような顔が出来るのだ……」


 「なんでてめぇはそんな顔しか出来ねえんだよ」という言葉を、空しすぎて飲み込む。感情と共に錆びついた顔の神経は、もう上手く動かせないらしい。同情からか、本音か、遼平は違う話を振った。



「で、てめぇの兄貴は一体何を考えてんだよ? こんな時に……」


 こんな時に、弟と入れ替わって外出するなんて。提案する聖斗もどうかと思うが、許可してしまう澪斗も澪斗だ。弟の許可が下りた途端、聖斗は希紗を指名してうかれて澪斗の制服を着てしまった。眼鏡を交換すると、もう遼平達にもどっちがどっちだかわからなくなる。


「兄上が外出するには、外出願い届けが氷見谷勝人に許可される必要がある。勝人は多忙な為、その許可は数日経たないと下りない。……だから兄上はこうされたのだ」


「急ぎの用なのか?」

「いや、おそらく違うだろう。たぶん……外に出たかったんだ」

「なんだそりゃ?」


 澪斗は顔を正面に戻し、膨大なデータの浮かぶディスプレーを見上げる。その瞳は遠くを眺めるように細められるが、遼平の位置からでは見えない。


「よほどの理由がなければ、兄上は本邸から出ることを許されない。この家から、出られない……」


 言葉が徐徐に暗く、小さくなっていく。遼平は昨日一日の聖斗の日課を思い出していた。

 朝、部屋に執事が行って、この地下室まで連れてこられる。夜になるまでココにこもり、執事が迎えにきたら私室に戻る。それだけ。

 『研究が忙しいのか』と問うと、聖斗は笑顔で『いつものことですから』と首を振った。あんな生活を毎日しているのか? ロクに日の光も浴びていない。これでは、まるで。


「まるで牢獄じゃねーか」


 一日中こんな暗い部屋に押し込まれて研究をやらされて、外に出ることも許されない。御曹司だというのに、囚人のようなこの扱い。澪斗が『自由になりたかった』と言った意味が、今ようやく理解できた。上流社会とは、皆こんなものなのか?



「……俺の、せいだ……」



「紫牙?」


「俺のせいで兄上はこのような仕打ちを……」


 独り言を呟くように、ぽろぽろと澪斗の口から言葉が零れる。その声は子供が弱ったように、少しずつ震えていく。


「お前のせいって……どうしてだよ? てめぇが家出したからか? なんで――」


「兄上は俺のために……自ら進んで……だからせめて俺は……」


「お、おい?」


「せめて俺に出来ることは、こんな事しか……だから俺はっ」


「おい紫牙っ!」


 遼平は澪斗の肩を強く掴んで、振り返らせる。我に返って動揺した澪斗の瞳を睨み、思わず怒鳴っていた。


「なにらしくなく弱ってんだよ! お前おかしいぞっ!」


「……っ」



「てめぇらに何があったのか興味ねぇけどよ、そんなお前は認めねえ! 俺が大嫌いな『紫牙澪斗』はな、どんな時も弱みを見せねぇムカつく強がりなんだよっ!」



 遼平の勢いに澪斗は押される。……が、少し間をおいて目に力を入れて、遼平を睨み返した。すっと一息吸って。


「……手を離せ愚か者、元より貴様に認められたくなどない。それと付け加えるが、俺は《強がり》ではない、実際《強い》……愚かな貴様と違ってな」


 掴まれていた肩の遼平の腕を払い、立ち上がる。「ンだとっ」とニヤけた顔で拳を握り締めて前に上げる遼平。




「その『愚か者』ってのが気に入らねぇんだよ。だいたいてめぇはいつもなぁ――!」


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