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第三章『閉ざされた思い出』(1)

第三章『閉ざされた思い出』



 翌日は、何事も無く時が過ぎた。本邸内はいつも落ち着きすぎる静寂が漂い、緊迫感など微塵も感じさせない。ただただ、ゆっくりと穏やかに一日が終わっていく。

 強いて言うならば、氷見谷勝人社長から電子メールで『早く研究成果を提出するように』との連絡が来た程度で、聖斗は「いつものことですから〜」と、笑顔でそのメールを削除していた。




「豊臣さん、ありがとうございましたー」


「いえ。安藤様、澪斗様、いってらっしゃいませ」


 三日目の朝。氷見谷家の白い正門の前で、リムジンから降りた希紗は運転席の豊臣に礼を述べる。隣りの澪斗も、無言で頭を下げた。


「今日中には帰ってくるんで、聖斗によろしくお願いしまーす」

「はい、お気をつけて」


 二人を正門まで送ってくれたリムジンは、豊臣の運転で門内に帰っていく。僅かに戸惑ったような澪斗が、いつもの眼鏡を指で直す。青い制服を着た二人が、寒風に吹かれていた。

 しばらく奇妙に笑いを堪えるような希紗と、ずっと俯いて黙している澪斗が立ち尽くす。だが、やがて門に背を向けて歩き出す希紗が。


「さぁ、行きましょ澪斗」


         ◆ ◆ ◆


 執事豊臣に手渡された、一冊の小冊子ほどの本邸内部図を確認しながら、純也は屋敷の中を歩き回る。こんなパンフレットまであるとは、本当にここはテーマパークか何かか。


「えーっと、一階が『氷見谷一家趣味の部屋』で、二階が『私室』……っと」


 他にも細かな部屋割りがあるが、大まかにはこんな感じだ。ちなみに地下は、聖斗の特殊生物工学開発部しかないようだ。食事に使われる部屋、浴場、更には医務室まで……本邸で暮らせるだけの設備が整っているが、氷見谷の家族には一人一人屋敷があるのだと豊臣が言っていたので、使うのは従業員なのだろうか。


「でも……?」


 純也達警備員も、その部屋を使わせてもらっている。……聖斗と一緒に。

 聖斗の屋敷は何処だ? 二階にある私室の場所は知っているが、聖斗は本邸から出ていない。ずっと本邸内で生活しているのだ。忙しいから帰らない……のか?


 他にも、疑問に思う点はまだある。


 いくら家出したからといって、奥方の澪斗に対するあの態度は?

 優秀な科学者である聖斗にまで、嫌悪感を露わにするその理由は?

 勝太の言っていた『悪魔の科学者』という意味は?

 そして、事務所での、あの時の澪斗の瞳。アレは、『兄を知られたくない』なんていう軽い感情からだったか?


 ……あの双子、何かが引っかかる……。




 歩きながら思考を巡らせていて、純也はふと考えを止める。自分が今、大きな十字路の中央にいることに気付いたからだ。前後左右どこまでも赤い絨毯が続く、廊下の真ん中に。


「あれ? れ? れ? ココ……どこ?」


 焦って手元のパンフレットを確認するが、十字路なんてたくさんある。階段は昇っていないから一階だと思うが、それはそれで、より一層怖い。一階は、『氷見谷一家趣味の部屋』エリアなのだ。下手に扉を開けたら最後、異世界へ飛ばされる羽目になる。


 とりあえず、今来た道を戻ってみる。これが安全でより確実だろう。百八十度後ろへ振り返って歩き出そうとした時、こちらへ走ってくる人影に気付いた。


「あ、勝太くーん! ちょうど良かった、また道を……」


「お前っ、一緒に来い!」

「へっ?」


 何故か必死に走ってきた勝太に、腕の裾を掴まれて十字路の左へ連れていかれる。その勢いのまま、騎士鎧が並ぶ回廊を走らされ、しばらく行ったところで騎士鎧同士の隙間に素早く入り込む二人。


「あの、勝太君?」

「しっ、黙れっ」


 無理矢理口を塞がれ、何事かと勝太の視線の先を窺う。やがて、慌ただしく三人のメイドがスカートを引き上げて走ってきた。


「勝太様ーっ、勝太様ー!」

「何処においでですかー!?」


 小さく隠れた純也と勝太に気付くことなく、メイド達は廊下の先に走り去っていく。その足音が屋敷内のBGMに掻き消された頃、勝太が「ふぅ……」とため息とも安堵ともとれる音を立てた。


「なんだか今の人達、勝太君を捜してなかった?」

「見ればわかるだろう、俺は逃げていたんだ。今日は逃げ切れたな……」

「どうして僕まで巻き添え?」

「……お前、俺を見た後であいつらに会ったら、俺の逃げた先を教えるだろう?」

「うん。なんか困ってたみたいだし」

「だからだ」


 幼いながら、なかなか勝太は鋭い。警戒心が強いと言うべきか。その辺りは、母親似らしい。


「何か悪いことをしちゃったの?」

「俺は悪いことなどしない! あいつらが悪いんだ。俺はバイオリンなどやりたくないと言うのに、あいつらは俺の言葉など聞かん」

「それでバイオリンの授業から逃げてきたんだね」


 なんだかんだ言って普通の子供とそんなに違わないな、と純也は苦笑する。ただ束縛が厳しいのだろう。


「これからどうするの? あのサファリパークに逃げる?」

「いや、おそらくあの部屋にはもうメイドが行っているだろう。……こうなったら、俺の秘密基地に行く」

「僕も行っていい? 秘密基地とか気になる〜」

「ふ、ふんっ、仕方ない、お前だけだぞ。ついてこい」


 嬉しさを隠すような顔で、勝太は立ち上がる。純也はそんな彼の後についていくことになった。


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