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第二章『微笑む鏡像』(1)

第二章『微笑む鏡像』



「わああぁぁぁぁ〜っ!」


 派手な音を立て、深い草むらの茂みの中に純也は落ちる。木の枝がクッションになったのか、骨折は回避できたが……ココはどこなのか?



「ウウゥウゥゥ〜……」

 低い、唸り声。前の草むらから、太い脚と爪がぬっと出てくる。


「そうだよね……僕追っかけられてたんだっけ……」

 汗を一筋流して、後ずさる。が、すぐ後ろにある木に背をぶつけ、逃げ場を失った。ライオンが大きく口を開け、牙が恐ろしく光る。


「ひどいよぉ……遼〜」


 こんな境遇に自分を追い込んだ男を、少し恨む。『お前を信じる』と言っていたが、つまりは『だから犠牲に喰われてくれ』ということなのか。もしここから生きて帰れたら、『信じる』という単語を辞書で調べさせた上に百回書かせてやる、と心に決める。

 ライオンは、一度大きく咆吼。それだけで周囲の空気が振動し、心臓の鼓動を速めさせた。


 動物は傷つけたくない……とかそういう問題の前に、ライオンに勝てる気がしない。どっかの地獄耳一族と違って。


 更に絶望は連鎖する。「シュウゥゥ〜……」というこれまたどこかで聞いた声。右脇の草むらから、あの巨大なヘビの顔が現れる!


「うそ……さっきのアナコンダっ?」


 確かに先程遼平と戦ったアナコンダだった。二匹相手に逃げることも……戦うこともほとんど希望が持てない。(どっちに食べられた方が痛くないかな……)などと考え始めてしまった頃。




「戻ってこい、マックス!」



 アナコンダが喋った。その声に、ライオンが急に大人しくなって巨大ヘビの方へ歩いていく。少し高い声が、再び。


「おい、お前何者だ?」


 自分に向けられた言葉だと気付き、純也はアナコンダを呆然と見つめる。


「きみ……喋れるの……?」

「は? 何を言っている、俺は人間だ、喋れて当然だろう。馬鹿にしているのかお前」



 アナコンダの胴体あたり……ライオンが擦り寄っている、小さな影があった。アナコンダの身体に腰掛けている人物が、一人。


「俺の質問に答えろ。お前、誰だ?」

 アナコンダが頭を下げたので、ようやくその人物が見える。黒髪を後ろで一本に結わえた、目がくっきりとした少年だ。歳は十才前後だろう。この場に全く似つかない、スーツ姿が大人っぽく見せる。


「ぼ、僕は純也。君は……誰?」

「お前っ、この俺相手に敬語を使わないのか!? なんて無礼なやつめ!」

「いや、だって誰だかわかんないし……」


 少年は非常識な人間を見たように、目を丸くする。そしてアナコンダの胴体から降りて、純也の前に来て見上げてくる。


「……お前、高いぞ」

「へ?」

「お前っ、頭が高いって言ってるんだ! 座れ!」

「は、はい……」


 なんとなく雰囲気で、純也は正座をする。立っていると純也の方が背が高くなるが、座れば少年の方が当然頭が高い。それに満足したのか、少年は腰に両手を当てて咳払いをする。なんだかその仕草が、子供らしくない。


「俺の名は氷見谷勝太しょうた。父様、氷見谷勝人の息子だ! どうだ、わかったか!」


「なるほど、勝太君だね」

「はぁっ!? 違う! 俺の立場がわかったかと言ったんだ! 誰が『勝太君』だとっ!」

「え? ……だって、勝太君は勝太君だよね? 僕は君の立場を訊きたかったんじゃないし」

「な……っ、なんて無礼な人間なんだお前は! 子供のくせにっ!」

「勝太君だってまだ子供じゃないか」


 純也に当然の如く言われ、驚愕の表情を浮かべる勝太。何か変な事を言ってしまったかと、純也は不思議そうな顔で考える。……もしかして。


「もしかして勝太君さ……、『俺は大富豪の息子だ』とか言いたいの?」

「あっ、当たり前だ! 普通それを先に考えるだろう!? 身分を考えろ、身分をっ」


 などと言われても、全く実感が湧かない。確かに、現代社会は貧富の差が激しく、身分制度にも近いものもある。けれど。

 確かに氷見谷の家は凄いけど。とてつもなくお金持ちだというのはわかるけど。……それはあくまで氷見谷勝人本人であって、幼い息子が偉いわけではないし。大体、『富豪が偉い』かどうかなんて、純也は決めつけていない。


「ごめんね、僕の周りには普通の人間なんていないからさ、たぶん僕も普通じゃないんだ。だから、許して?」

「ふん……仕方の無いやつだな。しょうがない、子供だから特別に無礼を許してやろう。その……『勝太君』とかいうのも勘弁してやる」


 少し照れるように、勝太は顔を逸らす。純也は嬉しそうに「ありがとう」と微笑む。その笑顔に、勝太は呆気に取られた顔をした。

 ……そんな表情を、純也はどこかで知っている気がする。



「それで純也、お前は何故ココにいる。ここは俺の部屋だぞ」

「僕、実は警備員でさ、依頼人さんの所へ行くためにこの部屋を通ってたんだけど」

「警備員? それはあれか、俺達を護るために生きているあの種族か」

「種族って……、僕達も同じ人間なんだけど?」


 この少年は、警備員についてどう教えられたのだろう。いや、確かに純也の所の警備員は、種族が違うのではと思わせるような人間ばかりだけれど。


(同じ人間なんだけど……あ〜、でも、アナコンダを素手で倒しちゃうし、僕を平気で犠牲にするし、ちょっと違うのかな……って、コレは約一名だけだね)


 苦笑している純也を横目に、勝太は近づいてきたアナコンダの顔に、優しく手を乗せる。それだけでまるで嬉しそうに大蛇は舌を出した。


「すごいなぁ……ココの動物達って、勝太君のお友達?」

「べ、別に友達というわけではない! こいつらは……その……け、家来のようなものだ! 俺のモノなんだっ」

「家来は、そんなに嬉しそうな顔しないと思うんだけどな?」

「うるさいなっ」


 まだ正座したままの純也を、大きな目で睨む。そんな必死な感じがおかしくて、堪えようとするが笑みが零れてしまう。やっぱりこの感覚、どこかで知っているような……。

 ライオンも、勝太の横に来てリラックスした表情でしゃがむ。どうやら相当飼い慣らされているらしい。


「このライオンが『マックス』で、アナコンダが『キャサリン』だ。この部屋の動物達は、みんな名前がついている」

「あ……そのアナコンダ、メスだったんだ……」

「そうだ。ついさっき、入り口近くで何故か倒れていてな。どうやら他の獣とケンカしたらしい」

「あははは……他の《獣と》、ね……」


 ハズレのようで、実は正解だったりして。確かに知的生命体とは戦っていない……とか考えたら、失礼だろうか。



「あ、そうだ! 勝太君さ、この部屋から出る道わかる?」


「当然だ。ここは俺の部屋だと言っただろう。何処へ行きたいんだ?」

「うん、特殊生物工学開発部って所なんだけど……」


 純也がその言葉を口にすると、勝太はまるで汚い言葉を聞いたように眉間にシワを寄せて「特殊生物工学開発部?」と、子供ながら難しい単語を聞き返す。なんだか機嫌を損ねさせてしまったようなので、純也は申し訳なさそうに頷いた。


「お前、あそこの人間に用があるのか」

「う、うん……、どうして怖い顔するの?」

「……あいつには絶対に関わるなと、深く言い聞かされているからだ」

「あいつ? それって誰? どうして……」





「…………氷見谷聖斗。悪魔の科学者だ」



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