桜の季節
18歳の春の、ひどく些細で平凡な、けれど僕にとっては少し特別な話。
* * *
今日も綺麗な青空の下、僕は屋上にいる。桜が淡い色の花を咲かし始める頃、僕らの日常は終わりを告げようとしていた。
そんな実感の無い、けれど確実に訪れる最後の日に、僕は何を思うだろう。
ふと、扉が開く音がした。
振り返るとそこにいたのは、クラスメイトの相川だった。
「まーた和馬君、そんなところで寝てるんだね。授業遅れちゃうよ」
そう言って僕の隣に腰を下ろした相川は小さくため息をついた。
「もうすぐ卒業だね」
「……僕たちもバラバラの道に進むね」
「うん。……やだなー。和馬君と一緒のところがいいなー」
ちらりとこちらを見る相川に一瞬目を奪われ、心臓が大きく跳ねるのを抑えながら顔を背ける。相川がねえ、と僕の名前を呼んだ。
「和馬君はさ、好きな人とかいないの」
その言葉に再度僕の心臓が波打つ。
「……急になに」
「えー、もうすぐ離れ離れになっちゃうんだし、たまにはこういう話もいいじゃない? 和馬君、こういう話すぐ逸らしちゃうんだもん」
「……いるよ」
吐息のような、声にならない声をぶっきらぼうに放った。
「……私も、いる」
かろうじて聞き取れた相川の声も吐息のようで、僕の顔がひきつるような、何かを期待するような表情になるのが自分でわかった。
「誰」
あえて雑に、相川のいない方向へ投げかけた僕の声だったけれど、相川はしっかりと返事をしてくれて。
「誰だと思う?」
「……僕が知るか」
「――気づいてる癖に」
拗ねたような声音にまた頬を赤くしながら、僕は自分の不器用さとか、素直じゃないところとか、うんざりしながら空を仰いだ。
「あとね、君の好きな人も、気付いてる」
だろうなあ。心の中でだけ返事をして、言葉は発しなかった。
空はどこまでも青く透き通っていて、僕の心も何故かそんな穏やかな空に似ている。桜の花が満開に咲く頃、僕は僕の気持ちに素直に向き合えるだろうか。
卒業式は、もうすぐだ。