15 【回想】
【回想】1
「はい、かしこまりました。それでは雪お嬢様の体育祭には私がお弁当をお持ちいたします」
視野を覆う白い靄が晴れてくると、目の前に懐かしい背中が見えてきた。自宅で住み込みの家政婦をしてくれていた吉村さんの背中だ。
多分、電話の相手は母だろう。二代目社長をしている父は、別宅があるようで月に数度しか帰ってこず、それに対抗するように専業主婦であるはずの母も旅行だボランティアだと自宅にいる時間はほとんど無い。いつからいるか分からない程長く働いている、この吉村さんを、雪は祖母のように思っていた。
今も明日の体育祭に代わりに出るようにと、母が電話してきたのだろう。イライラと観戦し、突然自分を置いて帰ってしまう母より、吉村さんが一緒の方がいい。母が来られないと聞いて“雪”はほっとする。
ところが“ユキ”は、この先のことを思い出し、胸が締め付けられるように痛み出した。
あぁ、聞きたくない・・・
「あ、もしもし?母さんよ。今日の診察どうだった?そう!順調なの!男の子?女の子?・・・まぁ、そう。じゃあ次の診察の時にはハッキリするかしらねぇ。母さん?そうねぇ、1ヶ月後にはお暇を頂きたいって言ってるんだけど、なかなか了解頂けなくて」
吉村さんが家の家政婦をやめると聞いた時、“雪”が中学2年生の時の風景だ。
「お金のことは心配しないで。10年以上も住み込みしてたら、お金なんか使う暇ないわよ。母さんの貯金聞いたらビックリするわよ。ふふふ。奥様からは住み込みじゃなく通いでって言われてるけど、通いのお給料なんて知れてるのよ。奥様のような方とは縁も切りたいし、いい機会なのよ。お嬢様も中学生で難しい年頃でね。自分の子ならいざ知らず、やっぱり他人の子の反抗期は疲れるわ。あんたたちと一緒に暮らして孫の世話をする方が、ずっと気楽だわ」
初めて聞いた時よりショックは小さかったが、それでも頭が痺れて目の奥が熱くなる。喘ぐように息を吸うと、目の前の景色が変わった。目の前に今度は父の愛人と子供が現れた。父の滅多に見られない笑顔が、自分と同じぐらいの年の女の子に向けられている。さらに場面は変わり初恋が敗れた時の場面へ。処女を失ったばかりの自分が、ベッドの上で茫然としている。
もうやめて!
「・・・・っ!!」
息遣いも荒く目を開くと、近い位置に安っぽい木材の天井があった。汗だろうか。不快感のある額に手をやると、誰かの手が置かれていた。
視線を上に向けるとヨシュアの整った顔が自分を見下ろしていた。額の汗を拭ってくれてたらしい。
悪夢から抜けたことに安堵しながら見回すと、馬車の中でヨシュアの膝を枕になていたことに気が付く。
「試験の最中に具合が悪くなったんだって。もう大丈夫?」
「・・・うん。試験の結果でた?」
あの記憶を見られたんだろうか?それとも試験が終わった後に具合が悪くなって、あんな夢を見たんだろうか?
「結果はすぐには出ないよ。近いうちに伯爵に知らせが来るんじゃないかな?」
「・・・その、私のこと、何か言ってた?」
「?」
「た、倒れるとか迷惑かけちゃったし!」
「心配してたよ。園長も事務官も。無理をさせてすまないって伝えてくれって」
何の話か分からないと言う風に首を傾げるヨシュアをみて、慌てて誤魔化す。そうか、何も言われてないのか。ではあれは倒れた後にみた夢だったんだ。ほっと安堵する。
「ユキ・・・。そんなこと家族以外にしちゃダメだよ」
手を伸ばしてヨシュアの骨ばった腰を書き抱き、彼の下腹に顔を埋めると、迷惑そうな声がかけられたが無視する。とにかく人の温もりが欲しかった。
ヨシュアの手が頭や肩、背中をゆっくりと撫ぜてくれた。
なんだかんだ言って、ヨシュアは優しいのだ。




