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きた!
予想していた質問に、最初に拾われた時と同じ答えを返す。
「多少は覚えております。ただ、おさなかった為か記憶が曖昧なところもあります。それから、拾われるまでの記憶は残っておりません。父は・・・ディラン伯爵は、怖い思いをしたので忘れてしまったのだろうと」
「なるほど。どんな事でも良いので、前の世界のことをお話下さらんか?」
困った。前世の記憶はあっても、この姿での10歳までの記憶はない。答えをまつ園長を前に逡巡する。
仕方ない、伯爵に話した時と同じように、記憶の一部を話そう。
「私の生まれた国がこちらでなんと呼ばれているかは分かりません。私達は"ニホン"と呼んでいました。隣国などからは"ジャパン"や"日の出国"と呼ばれていました。他国に比べると小さな島国で、単一種族、単一民族だけで国家を形成しておりました」
国名を聞いても思い当たるものが無かったのか、難しい顔をしていたが、単一民族、単一種族といったところで園長の眉が上がる。
「では、人族以外の種族が国内にいなかったということですかな?」
「はい。こちらのように魔族や獣族、妖精族などはおりません。他国からの訪問や移籍は少なからずありましたが、基本的には人種も私と同じ黒髪と黒い目の"ニホンジン"だけです」
「それはそれは・・・。ではこの国にこられて驚かれたじゃろう」
「はい。み、耳が尖った方や肌が緑色の方を見るのは初めてでしたので」
「ほほぅ。ユキの国はとても閉鎖的だったのじゃな」
「そのように思います。ずっと昔は鎖国と言って他国からの入国を規制している時代もあったと歴史で習いました」
「なるほどな。そのようなお国柄でしたら、国内で人族以外を目にすることも少なそうじゃ」
あれ?閉鎖的だから他族を見たこと無いって誤解させちゃった?訂正すべきかな?いや、訂正しちゃうと、そもそも地球上に人以外の知的生命体がいないって話からすることになるな。そんな壮大な話、絶対信じて貰えないだろうし、私も説明する自信が無い。流しとこう。
園長は他にも魔法力や軍事力といったことについても聞いてきた。
「私の知る限り魔法といった概念はありません。私達は"科学"というもので生活を豊かにしていました。あと、軍事力も持ってはいましたが、あくまで自衛のための組織と聞いています」
「自衛のためですか。平和なお国だったんですなぁ。では、"科学"というものについてご説明頂けますかな?」
む、むずかしい・・・。
異世界人に自国の話をするようになって気が付いたが、日本は便利すぎて本やネットに頼り切りで自らの知識量は少ない。そしてその知識は非常に偏っている。歴史上の哲学者や科学者の知識がある一方で、サバイバルに必要な知識が無かったりする。広さや深さにムラがあるのだ。
はぁ、もっと生活に役立つ知識を身に着けておくべきだったわ。
「私の拙い学力で説明出来るかわかりませんが・・・」
「おお、申し訳ない。お話を伺っていると、ユキが13歳とは思えないほど利発なので、つい質問を重ねてしもうた。もちろん分かる範囲で構わんよ」
「はい。えっと、科学というのは一定の法則、方法を用いて物事を研究する学問です。魔法と違って科学はその方式や法則を用いたら誰でも再現できるものです」
園長を見るが口髭をひねりながら考えている。伝えきれなかったらしい。とはいえ、これ以上の説明をユキの言語力で行えるとは思えない。
「あのカップと蝋燭をお借りできますか?」
ユキの指差した先は園長の机。卓上にあった小さくなった蝋燭と、白い陶器のカップをメイドが取ってきてくれた。
ティーカップを脇に置くと、受け皿の真ん中に蝋燭を立てる。溶けた蝋が支えとなり難なく立った。受け皿がひたひたになるほどお茶を垂らす。白い受け皿に琥珀の水が満ちた。
園長だけでなく事務官やメイドも、ユキの手先を興味深そうに見ている。
「蝋燭に火をともしていただけますか?」
ユキが頼むと、メイドが壁に備えられた常灯用の蝋燭から火を移してくれた。
蝋燭の火を覆うようにカップを被せる。しばらくおくと、スルスルと受け皿のお茶がカップに吸い込まれる。
「ほぅ」
「これは蝋燭の火でカップの中の空気が暖められ、気圧の差が生じることで発生する現象です。お茶は気圧が小さくなったカップの中に吸い込まれています。これは原理さえ知っていれば誰でも出来る実験です」
声を上げた事務官をちらりと見る。その事務官が興味深く見ているカップを傾けると、お茶が溢れ出てきた。勢いよく溢れたお茶がテーブルにこぼれる。
「あ、すみません」
「いや、気にしないで良い。なるほど、茶は消えたわけではないのか。さてラリー、君は今の”科学"というものが理解できたかね?」
園長が事務官に声をかけた。事務官はラリーと言うらしい。そういえば、案内を申出てくれた時にそう名乗っていた気がする。緊張して聞き流していたけど。
「なんとなくは分かりましたが・・・しかし、私には魔法に見えました。貯水湖の水を吸い上げる際の魔法と似通っています。規模は全く異なりますが」
「ふむ。正直私にもユキの説明は理解出来なかった」
「すみません。あの、やっぱり私程度の知識では上手くご説明差し上げることが出来ません」
「いやいや、十分に分かったとも。わが国とは異なる学術を発展させているということが。どうかそんなに恐縮なさるな。ささ、ユキに新しいお茶を差し上げなさい」
小さくなるユキに安心させるように微笑みかけてくれる。沢山話をしたせいか、喉がカラカラだ。メイドが新しいお茶を入れてくれたので恐縮しながら飲み干した。
「お話が長くなってしまってしまったな。さっそく試験を行うとしよう。ラリー、準備を」
「はい」
ラリーさんが園長室の横壁に掛かったカーテンを潜り、隣にあるであろう部屋に消える。
しばらく体を硬くして待っていると、準備が整ったとラリーさんに呼ばれる。
「こちらでございます」
メイドさんに促されてカーテンを開き、暗い小部屋へと足を踏み入れた。




