婚約破棄された私、隣国で政略結婚のはずが溺愛されています
王城の大広間が、眩いシャンデリアの光と音楽が空間を満たしていた。建国祭を祝う夜会には、貴族たちが着飾って集い、笑い声が絶えない。
その中心で、この国の王子アレンが高らかに声を上げた。
「この場を借りて宣言する。リリック・アレンは公爵令嬢『シュメール・カエラ』との婚約破棄を正式に発表する」
楽団の演奏が止まり、笑い声が絶えなかった大広間から一瞬にして静寂が訪れた。
私は手にしていたワイングラスを静かに置き、アレンを見つめた。隣には、彼が最近寵愛している伯爵令嬢ソレーヌが、勝ち誇った微笑みを浮かべて立っている。
「アレン様。お言葉ですが、理由をお聞きしても?」
「自覚すらしてないのか? 可愛げがなくいつも無表情で政務の話ばかりでつまらない女だ。それに対してソレーヌは可愛げがあり表情豊かで愛らしい女性だ」
会場のあちこちでざわめきが起こる。
私はただ一度、目を伏せ冷静に声を上げた。
「承知いたしました」
「な……なんだその態度は!」
私が泣き崩れることを期待していたのだろうか。アレンはほほを赤く染めて声を荒げた。
「さらに、お前には国外追放を命じる! 二度と我が国の土を踏むな!」
理不尽な宣告だった。だが、挫けまいと私は小さく礼をした。
「かしこまりました、殿下」
これで、この国が終わる___そう思いながらその場を去った。
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翌朝。荷物をまとめ私は、王都の門から出た。公爵家たちですら王族には逆らえまいと誰一人とした見送りなどもなかった。
すると、一台の立派な馬車が止まった。
「お迎えに上がりました。お嬢様」
「ガイル……なぜここに?」
ガイルは壮年の商人であり、かつて不正疑惑が上がったとき私がガイルの身の潔白を主張して商会を救ったことがある。
「隣国のルーヴェルの王家よりご依頼です。ぜひお嬢様をお迎えしたいと」
「王家が?」
「はい。政略結婚のお話でございます」
国外追放をされた令嬢に都合がいい話だが、行く当てもない私はガイルと共に隣国へと向かった。
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隣国ルーヴェル王宮。
応接間で待っていたのは、第一王子ティアだった。長身で端正な顔立ち、澄んだ藍色の瞳を持つ青年だ。
「遠路ご苦労だった、カエラ嬢」
彼は私を見るなり、柔らかく微笑んだ。
「事情は聞いている。まずは安心してほしい。あなたを侮辱する者は、この国にはいない」
その一言に、胸が少し熱くなる。
「ありがとうございます」
「今回の婚姻は国交のためのものだ。形式だけでも構わない――そう言うつもりだったのだが」
ティアは私の手を取り、指先に口づけた。
「今、その考えは変わった」
「……はい?」
「ぜひ本気で妃になっていただきたい」
思わず固まる私に、彼は真顔で続けた。
「それと、今日は長旅で疲れているだろう。部屋には菓子と茶を用意させた。庭園の花もカエラ好みに合わせて植え替える」
「え……」
「何か不足があればすぐ言ってほしい」
政略結婚のはずでは……?
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数か月後。
私はルーヴェル王宮で財務大臣として働き、ティアの補佐も務めていた。改革案は好評で、交易利益は大幅に伸びた。
そしてティアは今日も過保護だった。
「書類仕事はここまでだ。目が疲れる」
「まだ半分残っています」
「残りは私が確認する」
「殿下、甘やかしすぎです」
「妻を大切にして何が悪い?」
さらりと言われ、侍女たちが黄色い声を上げる。私は耳まで熱くなった。
そこへ慌てた使者が飛び込んできた。
「ご報告します! リリック王国より使節団が到着! 王太子アレン殿下が、カエラ様の返還を要求しております!」
ティアの笑みが消えた。
「通せ」
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謁見の間に現れたアレンは、以前よりやつれ、目の下に隈を作っていた。
「カエラ! やっと会えた!」
「ごきげんよう、殿下」
「戻ってこい! お前がいなくなってから政務が回らぬ! 財務官も辞め、国民も不満を漏らしている!」
ソレーヌの姿はない。
「ソレーヌ様は?」
「そ、それは……浪費癖が酷く……」
つまり捨てたのだろう。
「とにかく戻れ! お前は私の婚約者だ!」
その瞬間、ティアが一歩前に出た。
「違うな」
低く、冷たい声だった。いつもの声色とは違い、とても威圧的だ。
「彼女は我が妃だ」
アレンが息を呑む。
「な……っ」
「貴殿が捨てたのは婚約者ではない。国の未来だ」
さらに私も微笑んだ。
「申し訳ありません、殿下。私は冷たく、可愛げのない女なのでしょう?」
「カ、カエラ……!」
「つまらぬ女は、お求めではないはずです」
周囲の貴族たちが吹き出す。アレンは顔を真っ赤にして喚いた。
「ふざけるな! 返せ! 返せぇぇ!」
ティアは私の肩を抱き寄せる。
「断る」
たった二文字で、勝負は決した。
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その後、リリック王国は財政難と外交失策で混乱し、アレンは王太子の座を追われたと聞く。
一方、私はルーヴェル王国で王太子妃となり、今日も執務室で書類と格闘していた。
「カエラ、休憩だ」
ティアが焼き菓子の皿を差し出す。
「またですか」
「妻を甘やかすのは夫の務めだ」
そう言って微笑む彼に、私は小さくため息をついた。
……悪くない未来だと思いながら。




