人気の映画
会社を出た私は、鞄の中のチケットをいつ使おうか考えていた。せっかく貰ったチケットを無駄にしたくはないが、自宅近くに映画館は無い。わざわざ休日に遠出するのも……。悩みながら着いた駅のホームで、映画について調べることにした。
映画の名前を検索すると、すぐに大量の情報に辿り着いた。私が知らないだけで、世間ではかなり流行っているらしい。軽く見ただけでも、面白いという感想が大多数だった。
画面をスクロールしていると、この近くの映画館のサイトが見えた。ページを開くと、この映画も深夜まで何度か上映しているようだった。まだそれほど夜も遅くない。到着した電車に乗った私は、その足で映画を観に行くことにした。
振動に揺られながら、私はネットサーフィンの続きに戻る。ニュースサイトではゲーム制作者のインタビューがまとめられていた。
『このゲームはお一人で制作され、現在にかけてアップデートを重ねているということですが、かなり大変ではないでしょうか?』
『めちゃくちゃ大変です(笑) でも、私のこだわりが強いので仕方ないですね。この作品を愛してますので』
『改造データが出回っているとの噂もありますが……』
『そうなんですよ! 許せないですよね! 制作費も個人レベルなのでメモリが上書きされやすくて……』
インタビュアーと制作者の会談を読んでいるうちに、映画館のある駅へと到着した。改札を出て、目的地へ向かう。道中の人はまばらだったのに、館内は案外賑わっていた。受付でチケットを提示し、予約した席へと向かう。座って予告を眺めていると、暫くして会場の照明が暗くなる。そしてスクリーンいっぱいに映像が流れ始めた……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「面白かったねー!」
「ねー! 知ってるシーンでもドキドキしちゃった!」
映画が終わり、皆それぞれが称賛と感想を伝え合う。劇場を後にする群衆は、笑顔で溢れかえっていた。……ただ一人、暗い顔をした私を除いて。
退館後、重くなった足をなんとか動かしながら、元来た道を辿る。頭の中に先程の映画が反復される。
何も映画がつまらなかった訳じゃない。むしろ素晴らしかったと言うべき出来栄えだった。
異世界に転生してしまったヒロインが、特待生として貴族たちが通う学園に転入する。悪役令嬢と評されるライバルとその取り巻きに執拗ないじめを受けながら、持ち前の前向きさと明るさでそれを耐え忍び……、やがてその性格に惹かれた周りの人達の協力を得て、ライバルたちを断罪。密かに想いあっていた彼女の許嫁であった貴族の子息と結ばれ、二人はいつまでも幸せに暮らす……。
王道のシンデレラストーリーに加えて波瀾万丈な恋愛が描かれ、異世界という現実とはかけ離れた世界観も自然にそこに存在しているようで。セットや衣装、役者たちの演技など全てが心を打つ出来栄えだった。本当に素晴らしかったのだ。
……だから、だからこそ響いてしまったのだ。
頬を伝う感触によって、涙を流しているのに気づく。と、同時に乾いた笑いが溢れた。
「……羨ましい」
分かっている、これが作られた物語でハッピーエンドは約束されたものだと。分かっている、私のトラウマはもう過ぎたことでどうにもならなかったものだと。……分かっているのに、
「…ッ羨ましいなぁ!」
押さえ込んでいた感情が、どうにも止められなくなってしまった。様々な感情がどんどんと湧き出てくる。
「ゲームだったら周りの人が助けてくれてぇ!? 虐めてきたやつらに復讐して! 最後には好きな人と結ばれるって!?」
落ち着かないとと指示する思考とは裏腹に、心は烈火の如く燃え上がる。今まで溜めてきたものが全部流れ出てしまう。
「私だってそうしたかったよっ! いじめてきた奴らに復讐して! やり返したかった! でもそんなことしたらその先はどうなるか分からないでしょ!?」
今更言っても仕方がない、と頭の中で嗜める声がどんどん小さくなっていく。
「ゲームの世界はいいよね! ハッピーエンドだから! 現実でそんなことしたら受験も、就活も、将来もどうなるか分からなかったから!」
あの時声を上げなかったから、今こうやって普通の社会人として生きていけてるんだ。そう思い込もうとしたところで、また昔の光景が甦る。酷い頭痛と吐き気に襲われ、視界が歪み始める。殆ど前も見えないまま、足だけが辛うじて動いている。
「だから……、私は……」
……本当は後悔してる。
「やめてっ!」
未だに寝ても覚めても、こうやって苦しめられる。
「やめてよ! 私は間違ってなかった!」
嫌な自分の声を掻き消すように私は走り始めた。もう何も見たくない、聞きたくない、何も分からない。私間違ってなかった、私は正しかった、私は、
ぐちゃぐちゃになった思考回路が、足元の衝撃によって停止させられる。段差に躓いていると理解したのはその数秒後だった。体が投げ出された先は運悪く、空いた道を飛ばして走る車たちの道。目の前のトラックのライトが視界いっぱいに広がる。ここまでの全てがスローモーションに見えた。
走馬灯、一般的にはそう呼ばれるであろうそれも、何度も見せつけられた悪夢で埋まっている。この期に及んでまだ私から離れないのか。本当に死ぬまで一緒だった。
あぁ、こんな終わり方をするならば、あの時復讐すればよかった。そうしたら……
「もっと違った人生だったかもしれないのにね……」
いつからか鳴らされていたクラクションの音を最後に、私の意識はぷつんと途切れた。




