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第19話 生き残る覚悟

 魔王城の医務室に備え付けられたベッド。

 帰って来るなりそこで治療を受けた俺は、ぐったりしたまま横になっていた。


「いでででっ!」


 手当てされた右胸の刺し傷が痛んでつい声が出てしまう。

 魔王軍での治療はかなり原始的なものだった。

 傷や体力まで癒せる神聖な治癒魔法は魔族には扱えないからだ。


 主に使われるのは塗り薬や飲み薬。

 それらは薬草や魔力を帯びた素材などを用いて作った魔法薬である。


 効果は抜群だが、残念ながら痛み止めなんて便利なものはない。

 傷が完全に治るまでの苦痛はなかなかに耐えがたいものだった。


 前回の怪我と比べればだいぶマシだがそれでも痛いものは痛い。


「あまり大声を出さないで欲しいな。こっちまで辛くなるじゃないか」


 隣のベッドにいるソウマが不機嫌そうな顔をして言ってくる。

 俺は痛みに耐えかねて文句を言い返した。


「そんなこと言われても痛いんだからしょうがないだろ」


「まあ、傷口がすぐに塞がらないのは同情するけどね」


「お前はいいよな。自己再生なんて便利な力があってよ」


 今回一番重傷を負ったはずなのに、ソウマの体には傷一つ残っていない。

 羨ましい限りだ。


「そんなに大したものじゃないよ。万能って訳でもないし」


「そうなのか?」


「そうだよ。ボクらスライムの自己再生はね、生命力の前借りなのさ。だから傷を塞ぐ回数にも限界があるし、気力や活力をゴッソリ失ってしまうんだ」


「それで無傷なのに医務室にいるのか」


 そう言えば、戦闘中もかなり辛そうにしていたな。

 なんで治療を受けているのか疑問だったが、そんな事情があったのか。


「そうそう。話は変わるけどさ。今回の勇者との戦闘、手を抜いたのはなぜなのかな?」


 突然の妙な問いかけ。

 俺は意図が分からず素直に聞き返した。


「なんのことだ? 俺は手加減なんてした覚えはないぞ」


「とぼけないで欲しいな。僧侶に攻撃を仕掛けた時さ。ボクの目にはキミが拳を止めたように見えたんだけど?」


 言われて思い出した。

 そこを突っ込まれるとは思ってもみなかった。

 ソウマの奴よく見てるな。


 恐ろしい殺意を纏うアスレイが相手の時は、正当防衛の感覚があったからなんとか戦えていた。

 だが、か弱い女の子を自分の意思で攻撃するなんて初めてのことだった。


 ちなみに、ベロニカは「か弱い女の子」には含まれない。

 彼女は俺より強いのでノーカンだ。

 

 とにかく、少女を殴るのは抵抗感が強すぎた。

 思わず躊躇してしまったわけだが、ゼランは闘将と呼ばれるほど戦闘好きのキャラクターだからな。

 ここで正直に理由を話すのは得策ではない。


「そうだったか?」


「ああ。実際、その隙に防御魔法を使われたじゃないか。何があったのかと気になっていたんだよ」


 これはちょっとマズいな。

 ソウマはゼランらしくない俺の行動を不審に思っている。


 何かしら理由を説明しないと納得してもらえない感じだ。

 俺は必死で脳みそをフル回転させ、言い訳を捻りだす。


「えーと、そのだな。そう! 反撃できない相手を一方的に殴るのが好きじゃないんだよ。戦いは強者同士の力のぶつけ合いだ。正々堂々やり合うべきだからな!」


「ふうん? 本当にそれだけ?」


 ソウマは疑わし気な眼差しをこちらに向ける。


「本当だよ。しつけえな! もうエゴは持ち込まねえよ。次はちゃんと仕留めるから安心してくれって」


「そうかい。それなら信じておくことにするよ。一応ね」


 ソウマは意味深な一言を付け加えて、追及を諦めた。

 まったく、心臓に悪いな。


 それはそうと、メイジーを攻撃する手が無意識に止まってしまったのは割と深刻な問題ではあった。

 俺がこの世界で生き残るには、誰かの命を自分の手で奪わなければならない。

 その覚悟が、ここに来てまだ俺には足りていなかったんだ。


 今回は運よく逃げられた。

 しかし、次また同じことになったら、下手すると俺自身の死に直結してしまう。

 

 もし勇者に止めを刺す場面になった時、俺はアスレイを殺せるのか?

 

「むむ……」


「ん? どうかした?」


「あ、いや! なんでもねえよ!」


 不思議そうに訊ねてくるソウマに向けて俺は首を振る。


 前世ではただの学生だった俺が、人殺しの覚悟なんてそんな簡単にできるわけがなかった。

 誰も殺さずになんとか丸く収める方法がないかとつい考えてしまう。

 

 今ですら全然覚悟が決まらない。

 本番で身体が動いてくれるとはとても思えなかった。


 俺は一体どうすればいいんだよ!


 頭を悩ませていると、不意に医務室の入り口が軋むような音を立てて開いた。


「失礼する」


 扉の向こうから姿を現したのはエルガノフだった。


「は?エルガノフ?なんでここに」


「珍しいこともあるものだね。ボクたちになにか用かな?」


 俺はもちろんのこと、ソウマも驚いているようだ。

 それもそのはず。


 エルガノフは四天王の他のメンバーとも個人的な関わりは一切持たないキャラだ。

 そんな彼が医務室に来るとはどういうことだろう。

 なにか緊急の連絡事項でもあるのか?


「用と言うほどではない。3人とも負傷したと聞いて様子を見に来たのだ」


「つまり、お見舞いってこと? ますます珍しい」


 ソウマは怪訝そうな顔をしている。


 エルガノフがお見舞いってマジかよ。

 俺も驚くしかなかった。


 だが、今までエルガノフが時折見せていた優しさがふと脳裏をよぎる。

 ベロニカやソウマに意外な一面があったのだから、エルガノフも同じなのかもしれない。


「ワ、ワシがオマエたちのことを心配したらおかしいと言うのか? 勇者の討伐を任せているのだ。安否を確認するのは、四天王のトップとして当然のことではないか」


 ソウマのツッコミでエルガノフは慌てたように大げさな身振りで理由を説明した。

 なんだかガタイに似合わないなよなよとした動きだ。


 やはりなにかを隠しているような感じはする。

 とはいえ、ゲームのエルガノフより協力的なのはありがたい話ではあるんだよな。

 別に困らないし、あえて指摘することでもないか。


「まあ、命に関わる怪我じゃねえし大丈夫だ。ベロニカなんて軽傷だったからもう自室に引っ込んでるしな」


「そうか。それはなによりだ」


 エルガノフはホッとしたように胸に手を当てた。

 うん。ずっとスルーしてた方が正解な気がしてきたぞ。


「失礼。お見舞いに参りました。四天王の皆様は無事でありますか?」


 と、エルガノフの後ろから別の声が聞こえてきた。


「なんか来客が多いな。ってあんた、この前の」


 その顔、というか首のない姿を見て思い出す。

 ベロニカと訓練場へ行った時に会ったデュラハンだ。


「おお、ゼラン様。ご無事でしたか。心配しましたぞ」


 ゆっくりと室内に足を踏み入れたデュラハンに視線が集まったその時だった。


「きっ、きゃああああああああ!」


「は?」


 思いがけず、間の抜けた声が出てしまった。


「えっ?」


「な、なにごとですかな?」


 ソウマとデュラハンも困惑の声を上げた。


 突如室内に響き渡った女性のような叫び声。

 しかし、その声は女性のものではなかった。


 悲鳴を上げたのはエルガノフだったのだ。


 エルガノフはデュラハンの姿を見るなり、仰天したように後退って部屋の壁にへばり付いてしまった。


 あまりに突然のエルガノフの奇行に頭の中が混乱する。


「エ、エルガノフ? 急に変な声を出してどうしたんだ?」


 俺はとりあえずそう質問するしかなかった。


 デュラハンの方を凝視して固まっていたエルガノフ。

 彼は俺の質問に気づいて、ゆっくりと口を開いた。

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