第12話 ベロニカとの模擬戦
「『氷晶籠手』」
俺は拳を構えたまま、氷の籠手を素早く形成する。
それを見てから、ベロニカも両手を構えた。
「『竜鱗盾』」
彼女の両腕の鱗が強度を増す。
あのスキルは物理耐性を大幅に向上させる優秀な自己バフだ。
単純な物理攻撃に対しては、非常に高い防御力を誇る。
物理攻撃一辺倒ならこれだけで詰みかねないが、突破口はある。
『竜鱗盾』は属性耐性までは強化できない。
ゼランのスキルは氷属性と打撃の複合攻撃がメインだ。
氷属性の威力を含んだ打撃ならダメージは通るはず。
俺は短く息を吐く。
爆発的な初速でベロニカに向かって突撃を開始。
まずはいつもの得意技からだ。
両腕を束ねて、『烈氷壊撃』を放とうとする。
と、ベロニカが後ろへと飛び退いた。
「ちっ!」
事前に回避行動を取られて、面食らってしまった。
俺は構えた腕を解き、止まりかけた足を前に出す。
突撃を再開し、ベロニカに接近しようと試みる。
「『灼熱弾』!」
距離を取ったベロニカの両手から火球が撃ち出される。
咄嗟に方向転換してその牽制を避ける。
連射される炎に追いつかれないよう、回避の勢いのまま駆け出す。
ベロニカを中心に大きく円を描くようにダッシュして攻撃を振り切る。
「今度こそ!」
俺はベロニカの射撃が途切れる瞬間を狙って、力強く大地を蹴った。
一気に加速して、彼女の頭上へと飛び込む。
「『烈氷壊撃』!」
俺は真下にいるベロニカに向けて、渾身の力を込め両腕を叩き落す。
が、彼女はその一撃を真正面から受け止めた。
ベロニカの脚が地面にめり込み、衝撃が訓練場を揺らす。
遠くから観客たちのどよめきが聞こえる。
しかし、ベロニカ本人には全く効いていない。
「くっ! さすがだな……」
俺は打ち下ろした拳に全体重をかけて身体を浮かせた。
そのままベロニカを飛び越して1回転し、地面に着地。
すかさず振り向き、右腕を水平に振り抜く。
ベロニカは左腕でその一撃を難なく払いのけた。
やはり、基本スペックが違い過ぎる。
これでまだ本気じゃないのか。
それでも全力を出すと宣言したからには、怯んでなんかいられない。
「うおおぉぉおおっ!!」
俺はがむしゃらに拳を連打。力任せに猛ラッシュを仕掛ける。
ベロニカはその1発1発をすべて腕で弾く。
それでも諦めず攻撃を続ける。
しかし、ここで俺は違和感を覚えた。
ベロニカの防御は的確だ。
こちらの攻撃を完全に見切って防いでいる。
つまり、俺の攻撃の隙も丸見えのはず。
なのになぜ、反撃して来ないんだ?
ここまで完璧に俺の拳をいなせるなら、いつでも攻撃に転じられる。
やろうと思えば、カウンターを決めることだって簡単だろう。
手加減というには、いささか手を抜きすぎな気がする。
どうしたというのだろうか?
そんなことを考えている間に、ベロニカは俺の連撃に少しずつ押され始めた。
ふと見ると、彼女の表情は妙に曇っていた。
なんだか焦っているようにも見える。
「くうっ!」
こちらはただの連続パンチしかしていないのに、ベロニカは大きく飛び下がった。
と同時に、彼女は再び『灼熱弾』を連射し始めた。
俺は襲い来る火炎弾を避けながら、間合いを詰めていく。
やはりおかしい。
ベロニカの性能は万能攻撃型。
遠距離攻撃だけでなく、優秀な近接攻撃スキルも多数持っている。
にも関わらず、近づかれたら防戦一方。
距離を取れば、隙の少ない低威力の遠距離攻撃で接近を妨害するのみ。
今の彼女の戦い方は、本来の戦闘スタイルとは全く違う。
それ以前に、そもそも俺を打ち負かそうとしていないように思える。
これでは、ただ必死に身を守っているだけにしか見えない。
だが、ベロニカが攻撃の手を止める気配はなかった。
訓練を続行する意思があるのは確かだ。
もしかして、彼女なりの狙いがあるのだろうか?
疑念は尽きない。
とはいえ、訓練を続けるからには俺も次の手を打たなければ。
「行くぞ! ベロニカっ!」
俺は氷の鎧を纏った左肩を突き出して、駆け出す。
ベロニカに向かって一直線に突進。
彼女が放った炎が肩に直撃し、氷の一部が蒸発する。
構うものか。俺はさらに地を蹴って加速。
炎の弾丸を受けながら、ベロニカにショルダータックルをぶち込んだ。
「うぅっ!」
ベロニカは両手をクロスさせて、俺の体当たりをガードした。
衝突の威力でベロニカの身体が後ろへと押し込まれる。
しかし、彼女が力強く足を踏ん張った瞬間に俺の突進がピタリと止まる。
勢いを完全に殺されたが、俺は左肩を押し付けたまま右腕を引き絞った。
「『氷結剛拳撃』!!」
俺の左肩でベロニカの両手は塞がっている。
これなら防御はできない。
ありったけの力を乗せ、無防備な彼女の胴体めがけて拳を繰り出す。
「ひっ!」
その時、俺は彼女の小さな悲鳴を聞いた。
次の瞬間、俺は右手に込めた力を抜いていた。
「ここまでにしよう」
俺はそう呟いて拳を下ろし、後退って彼女から離れる。
見ると、ベロニカの表情は恐怖で固まっていた。
なぜもっと早く気づいてやれなかったのか。
彼女は内気で怖がりな本心を隠していた。
無理して強者たるドラゴンを演じてるのは、とっくに分かっていたはずだった。
勇者との戦いで動きがぎこちなかったのも。
今、こうして消極的な戦い方しかできないのも。
考えてみれば、当たり前のことじゃないか。
彼女は戦うのが怖いんだ。
ゲームのイメージなんかに引っ張られて、彼女の事を理解できていなかった。
俺はバカだ。
「ゼラン様! どうかなさいましたか?」
俺たちが急に戦いを中断したのを見て不審に思ったのだろう。
訓練場の隅にいたデュラハンが駆け寄って来た。
「いや。ベロニカの調子が悪そうだから、今日はもうやめとこうと思ってな」
デュラハンは左手に抱えた顔に心配そうな表情を浮かべた。
「なんと、そうでしたか。それでしたら、大事を取った方が良いでしょうな。よろしければ、救護室までお連れしましょうか?」
そのやりとりを聞いて、ベロニカは咳ばらいをした。
「それには及ばないわ」
平静を装っているようだが、まだ彼女の表情は硬かった。
「本当によろしいのですか? もしや無理をされているのでは……」
デュラハンはベロニカの体調を気にかけている。
やはりあまり大丈夫そうには見えないらしい。
「心配ないわ。ゼランがついていてくれるもの。でしょう?」
ベロニカはそう言って、横目で俺を見た。
俺は即座に頷いて、デュラハンに告げる。
「気をつかわせちまったな。俺がいるから問題ない。お前たちは訓練に戻ってくれていいぞ」
「……分かりました。ご入用の際はいつでもお呼びください。では、失礼します」
デュラハンは俺の言葉を聞いて、それ以上は進言せず引き下がった。
俺はすぐさまベロニカに歩み寄る。
「悪かったな。無理して付き合ってくれたんだろ? とりあえず、部屋まで送ろう。今はゆっくり休んだ方がいい」
すると、ベロニカは俺の耳元に顔を近づけた。
「気にしないで。……それより、2人だけで話がしたいの。今から」
弱々しい声だ。普段の演技はすっかり鳴りを潜めている。
さっきのこともある。おそらく本音で話がしたいのだろう。
それは理解できる。できるのだが。
2人きりというシチュエーションがよくない。
愛の告白とかじゃないのは分かりきってるのに、否応なく胸が早鐘を打ち始める。
そして、ベロニカはさらに一言付け加えた。
「私の部屋に来て」