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剣を筆に持ちかえて_17

 ある日のこと。ルークスとウィリデは森の中にいた。


 周囲に降り積もっていた雪はすでに溶けてなくなり、耳をすませば凍っていた川のせせらぎがどこかから聞こえてくる。薫風香るこの萌ゆる季節は一人と一体にとって、長い冬で消費した食料や薬草を補充するという大切な役割があった。


 今回の目当ての山菜は木の芽だ。幹にたくさんのトゲを持つ、細く伸びる木から生えるその新芽はほのかな苦みが特徴的である。木は日当たりのよい場所で群生し、藪になっているのが目印だ。


 ルークスはウィリデから教えられた特徴を思い出しながら、入念に木々を調べていく。


 目的の芽に似た植物が多いのだ。芽の形は似ているが、木の幹ではなく葉にトゲがある植物や枝にトゲがある植物など様々ある。間違えて採取し口に入れてしまえば大惨事が起こり得る種類もあるのだ。必然とルークスは慎重になっていた。


「お? この木か? おーい、あったぞー!」


 ルークスの身長の倍ほどの高さがあり、幹には特徴的なトゲ、そして蝶の羽が重なるように生える葉。日当たりのよい場所で群生し、藪を形成している。間違いない目当ての木だ。ルークスは確信した。


 そんなルークスの声を聞いて、駆け足でウィリデがやってくる。


「どれどれ……? うん、ばっちりだね、この木で間違いない……芽もしっかり伸びているね。これなら採れそうだよ。やったね、ルークス!」

「ああ、よかった。似たような木が多くて、見つけるのに時間がかかってしまった」

「そうだねえ。日が暮れる前に、ちゃっちゃと集めていこう!」


 早速、ルークスは籠を地面に降ろすと、中から布を重ねた厚手の手袋を取り出して身につけた。鋭いトゲで怪我をしないようにするためだ。


 そして、ナイフを取り出すと木の一本に近づいた。ウィリデはルークスの隣の木に狙いを定めた。


「いいかい? ルークス。わかっているとは思うけど、小さい木はまだ成長中だから採っちゃだめだ。それと、採るのは一番上の芽だけだ。横に生えた芽を採っちゃうと枯れちゃうからね」

「ああ、わかってる」


 目的の芽は木の登頂部に生えていた。ルークスは腕をいっぱいに伸ばし、さらに背伸び。ようやく頂きを捉えると、ゆっくりとナイフで切り落とした。そして、切り取った芽を地面に落とさないよう、ナイフを持った逆の手でしっかりと捕まえた。


 安堵のため息まじりの深呼吸をするルークス。自分よりも高い場所にある芽を採るのは重労働であった。


 一方のウィリデの作業は素早かった。手慣れているのもあるが、ルークスよりも身長が高いので高所の作業の負担は軽い上、分厚い毛皮によって小さいトゲなら無視して採取することができるのだ。


 しかし、そんなウィリデでも採取できない高さの木もある。


 お互いに顔を見合わせるルークスとウィリデ。考えていることは同じだった。


「それじゃあルークス、気をつけてね」

「ああ」


 ウィリデはかがむと、ルークスを肩に乗せて立ち上がった。ルークスの視点が高くなり、遠くまで見通せるようになる。そして、ウィリデでも届かない高さの木を見定めると、次々に頂きを切り落としていく。ルークスの下にいるウィリデは落ちてきた芽を適宜キャッチしていった。


「ルークス、次はあっちだ。動くよ」

「ああ」


「よしよし、今度がこっちに行こう」

「うん」


 やがて、目標の量を採り終えると、ルークスはウィリデの肩から降りた。


「いっぱい採れたねえ。どうやって料理しようか」

「そうだな……茹でてもいいし、小麦粉をつけて揚げても美味しそうだ。少々手間はかかるがな」

「いいねいいね。楽しみだ」

「よし、じゃあそろそろ帰るか。日暮れまではまだ時間はあるが」

「そうだねえ。あんまり採りすぎても森に悪いし、帰ろっか」


 一人と一体は山菜や薬草がいっぱいに入った籠を背負うと、来た道を戻った。



 道中、ふとウィリデは立ち止まり、空を見上げた。急な反応にルークスは怪訝な顔を浮かべながら思わず声をかける。


「どうした?」

「そういえば……この辺りで倒れているキミを見つけたんだっけか」

「そうなのか?」

「いやあ、あのときはびっくりしたよ。こんな森の奥深くに怪我をした人の戦士がいるだなんて」

「俺は……お前に助けられてばかりだな……」

「そんなことないよ! キミはボクに色々なことを教えてくれた。絵だってちょっとは描けるようになったし」

「その調子で料理もしっかりと覚えてくれよ」

「あー! ルークスの意地悪! ボクとキミとじゃ味覚がちょっと違うんですー!」


 くつくつと笑うルークスとウィリデ。柔らかい風が森全体を撫で、まるで一人と一体につられて笑うように木々がざわめいた。


「色んなことがあったねえ」

「ああ、本当に」


 立ち止まり森を眺めて感慨にふけるルークスとウィリデ。そんなとき、一人と一体の視界の端に何かが映った。それは太陽の光を反射して鈍く光っていた。


 顔を見合わせてルークスとウィリデは近づいた。草をかき分けると小鳥が飛び出し、どこかへ逃げていった。


「これは……」

「知っているの? ルークス」


 草の間、地面から半分顔を出したそれは鎧だった。所々ヒビが入り、苔や蔦に覆われているが隙間から覗くのは特徴的な赤褐色だった。


 ルークスは知っている。その赤褐色が元はまばゆい銀色だったということを。恐らく、太陽の光を反射し、ルークスに居場所を伝えたのはわずかに残った銀色の部分なのだろう。


 鎧に近づいて中を覗くルークス。その空洞にあるものを確認すると、思わず口元を緩ませた。


「どうしたの? 一体これは何なんだい?」

「いや、なんでもない。さあ、帰ろう」

「えええー! 気になる! 教えてよー!」


 わめくウィリデの背中を押しながら、ルークスは帰り道にもどった。そして、振り返ると「それはお前たちにやるよ」と小声で呟いた。


 やがて、ルークスとウィリデは小さく見えなくなり、最後には地平線のかなたへと消えた。


 一人と一体の気配が消えたことを察知して、逃げた小鳥が舞い戻ってくる。鳴きながら鎧の空洞に入ると、安堵したのか鳴くのを止めた。


 鎧の空洞には小枝や藁が敷き詰められていた。そして、その中心には白く輝く小さな卵が静かに佇んでいた。

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