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「あの、ちなみに岡崎さんは、三好さんの相棒さんはご存知ですか? お恥ずかしい話、まだこちらでは掴めていないんです。えっと、同居しているっていう……」

 涙が落ち着くのを待って尋ねると、すんと鼻を鳴らして彼女は言う。

「ええ、もちろん。三好さんの小さい頃からの幼馴染で、漫画家になってからはアシスタントをしている方だと思います。名前は確か、津森(つもり)さんとおっしゃったかな。三好さんが少女漫画家であることは、ごくごく限られた一部の人しか知りません。作者が男性であることや見た目の野暮ったさで作品が正当に評価されなくなることを危惧して、アシスタントはずっと津森さんおひとりだけだと聞いています。同居しているのは、単に人手が足りないせいですね。毎月、三十六ページの連載を持っているのに、アシスタントは津森さんだけですから、仕事場に通う時間すら惜しいんです。それに、もとより気心の知れた仲ですしね。初めて連載を持ったことをきっかけに、十年前くらいから同居していると聞きました」

「そんなことまで三好さんはお話になったんですね」

「ふふ。編集者と同じで、私たち結婚相談所の職員も守秘義務は絶対です。誰にも口外しないことを条件に、時間をかけてお話ししていただける関係を作っていきました。腕の見せ所ですね。女性会員の中にはBⅬ作家さんやBⅬ漫画家さんもおりますから。そういった方は後ろめたさを抱えておいでなんです。なんでもお話しできる関係を作っていくことで、ご成婚に繋がれば、と。私たちは、まずその後ろめたさを取り払ってもらうための最初のドアを叩くためにいます。秘密を抱えたままでは、どちらも苦しいですからね」

 素直に感心すると、岡崎はちょっと得意げに胸を反らす。その茶目っ気のある仕草や、はにかみ笑顔が可愛らしくて、蓮実の頬も自然と持ち上がっていった。

「じゃあ、お忙しいところお話を聞かせていただき、ありがとうございました」

「なにかあれば、入会、お待ちしてますね」

「もう。商売上手なんですから」

「冗談ですよ。お話しできる範囲でいいので、解決したら教えてくださいね」

「ええ。近いうちにお話しできるように頑張ります」

 そうして蓮実は結婚相談所を辞することにした。外まで見送りに出てきてくれた岡崎の本気とも取れる勧誘に内心でギクリとしつつ、ぺこりと頭を下げて事務所へ戻る。

 思った以上に大収穫で、蓮実の胸はほくほくしていた。三好の本職もわかったし、相棒は津森という幼馴染で唯一のアシスタントだった。『別冊アネモネ』の漫画家なんて本当にすごい。だってアネモネは業界最大手だ。夏芽は本当にいい人に出会ったようだ。

 結婚相手はもちろんだけれど、担当についてくれる職員も大事なんだなとしみじみ思う。ひとりの会員にあんなにも心を砕くなんて、三好も相当いい担当者に出会えたらしい。

「――ああっ……!」

 しかし、そこで蓮実は一番重要なことを聞き忘れていたことを思い出した。アネモネの超超人気作家なことはわかった、合作しているという同居人のことも。ただ――。

 作家名と作品名……! 聞くの忘れた……!

 またうっかりをやらかしてしまったと赤面しながら急いで踵を返す。それだけの人気作家なら言わずもがな忙しいだろうし、下世話な話、収入面ももちろん安定どころか安泰だろう。が、現物がなければ夏芽に説明したところで説得力が半減だ。急いで聞かなければ。

「――え……」

「蓮実が探してるのって、これだろ?」

 けれど、振り向いた先には菖吾がいた。しかもコミック本もその手にある。

「ど、どういうこと……? やっぱり菖吾も探偵なの?」

 震えてしまいそうな声をなんとか気力で押さえ込み、菖吾の顔とコミック本に交互に目を走らせながら尋ねる。またしても会ってしまえば聞くまでもないだろうけれど、問題なのはどうして菖吾が少女漫画のコミック本を持っているかだ。

 とはいえ、先ほどの菖吾の言葉からも、このコミックが三好大介の作品なのは明らかだ。

 アネモネコミックス『ギンガムチェックとりんごパイ』――とある地方の高校が舞台のそれは、ヒロインが四人いる、今までにはなかなかなかった漫画だ。

 その高校では毎年、十月の第一土曜、日曜の二日間に『夜行遠足』という行事が行われていて、男子は土曜日出発で百五キロの道のりを夜通しかけて、女子は日曜日の早朝から一日をかけて四十三キロの道のりをひたすら歩き通す、過酷を極める行事だ。

 女子は本命の男子に赤のギンガムチェックのお守りを渡し、男子は、完歩できた生徒だけがもらえるたったひとつのりんごを、そのお礼に送るのだ。女子はりんごのお礼にアップルパイを焼き、男子と一緒に食べる。家に帰るまでが遠足だと小さい頃に学校の先生に言われたように、この『夜行遠足』はりんごパイを二人で食べるところまでが夜行遠足だ。

 この漫画のさらにすごいところは、四人のヒロインがそれぞれ知らず知らずのうちに少しずつ関わり合い、刺激し合い、成長していくという構成が組まれているところだろう。また、タイトルの可愛らしさも人気の秘密だ。画力はもちろんのこと、そういった面で連載当初から『おっ』と読者を惹きつけてやまない人気作品になっている。

 夜行遠足は、山梨県甲府市の高校で実際に行われている『強行遠足』がモデルらしい。

 著者は、白野(しろの)よつば。幸運を運ぶという四つ葉のクローバーにちなんだペンネームだ。

「俺もってことは、蓮実もだろ? てか、知ってたけど」

「い、いつから……」

「新宿御苑で会ったときには、もう。今やってるのは、探偵っていうか別れさせ屋だけど」

 自分たちより先に作品を特定していたのだろうか、やっぱり菖吾も三好から依頼を受けて夏芽の身辺調査を……? と思っていると、菖吾の口から耳を疑う台詞が聞こえた。

「……別れさせ屋?」

「そう。こうなったら言っちゃうけど、うちの探偵事務所、別れさせ屋の仕事も請け負ってるんだよね。逆に復縁を工作してくれって依頼も入るけど、比重はだいたい、六:四くらいで別れさせ屋のほうが多いかな。みんな、誰かを妬んでるんだよ。別れてくれればあとは自分でモノにできると思ってる人もけっこう多くてさ。人間の業の深さは筋金入りだ」

 こわごわ尋ねると、菖吾は口の端をにたりと持ち上げ、皮肉な笑顔を作る。

「だ、誰から依頼を受けたの? まさか三好さん本人からじゃないよね?」

 だったら最悪だ。だって、ふたりはお互いに疑い合っていたことになるのだから。じゃあほかに誰が二人を別れさせてほしいと依頼をしたのかという話になるが、ぱっと思い返しただけでは、現段階で思い当たる人物は残念ながら浮かばなかった。

「おっと。そこからは、いくら蓮実でも教えらんねーわ」

 すると菖吾は口の前で人差し指を立て、シークレットのジェスチャーをした。見た感じの仕草は可愛らしいが、相変わらず顔には皮肉な笑みが広がったままだ。

 ただ、こうも言った。

「ここ一ヵ月くらい、蓮実が三好の周りをうろついてるもんだから、監視と牽制を兼ねてちょくちょく会うようにしてたの。どこまで調べてるのかも気になってたし、蓮実の力量も図りたかったから。悪く思うなよ、こっちも仕事だから。まあ、本屋で見当違いの棚を真剣に見てるときは、さすがに昔のよしみで少女漫画コーナーのほうに連れてってやろうかとも思ったけど。でも、そこまでしてやっても、蓮実にはわかんなかったかもしんないな」

 そして「俺も資料用に読んだけど、人気出るのわかるわ。上手くいったり、いかなかったり、悩んだりさ、それでも恋に一生懸命なのが共感されるんだろ」と言いながら、コミックをパラパラとめくった。言い返せないのは悔しいが、今回はうっかり続きでまだまだ実力が伴っていないことを痛感したばかりだから返す言葉もない。……ていうか、そのわりにがっつり読み込んでいるではないか。少女漫画もやぶさかではなかったのかもしれない。

 いや、読めばわかるが、これは確かにハマるのだ。蓮実だって読んでいる。

「じゃあ、三好さんの作品を知ったのはいつ?」

 気を取り直して尋ねる。

 こうなったら開き直るしかないとも思うのだ。だって、お互いに探偵の仕事をしていることが露呈してしまったし、関わっている人物も同じだ。情報を共有できるとは思っていないが、この際、聞き出せることは、なんでも聞き出しておくに越したことはない。

 それに、デパートを辞めてすぐに探偵に転職したのなら、キャリアだけで言えば新卒で入った蓮実のほうが長い。ひょっとすると、何気なく言った台詞からボロが出るかもしれないじゃないか。蓮実のほうが劣勢なのは変わらないが、こちらには谷々越も控えている。蓮実が聞き流してしまうようなことでも、彼にはなにかピンと来るものがあるかもしれない。

「それもシークレット。お前じゃあるまいし、うっかり口を滑らすかよ」

「う……」

 けれど菖吾も探偵の端くれだった。そう簡単に口は割らないらしい。

 菖吾が三好の作品を知った時期がわかれば、あるいは誰が別れさせ屋の依頼をしたのか見当が付くかと思ったけれど、そう易々と情報は渡してくれないようだ。

 夏芽はそもそも三好が少女漫画家なことは知らなかったし、谷々越探偵事務所に依頼をしてきたのだから、シロだ。三好本人が別れたいのなら、菖吾の探偵社に依頼をした時点で自分の作品を教えることもあるだろうが、そうする理由もわからないし、わざわざお金を払って別れるなんて、手が込みすぎだとも思う。第一、彼の担当だった岡崎の話では、二年も結婚相手を探していた。デートを尾行したときだって夏芽に注がれる三好の視線は本当に優しげだったし、やっぱり三好本人に別れたい意思は感じられなかった。

「じゃあやっぱり、第三者的な……? 例えば三好さんの親とか、アシスタントさんとか、三好さんが少女漫画で成功していることを知っている人に限られるのかな」

 ううむ、と顎に手を添えて考える。

 三好本人ではないのなら、自然、第三者からの依頼ということになる。依頼主が親なら、息子が選んだ相手――夏芽になにか重大な欠点があるか、親ではないとするなら、動機はさしずめ、三好がお金を持っているからか。……なんて強欲な! 人間の業の深さは筋金入りだと菖吾は言う。でも、蓮実も何度か見てきて、それは否定できない。

「だからシークレットだって言ってんじゃん」

 すかさず菖吾から苦笑混じりのツッコミが入る。

「誰も教えてくれって頼んでないじゃん! でっかい独り言じゃん!」

「ふ。じゃあ、そういうことにしておくよ。ま、いい線行ってんじゃない?」

「あっ、ちょっ――」

 そうして菖吾は、蓮実の制止を無視して踵を返した。

 昔のよしみで、最後のお情け的な言葉を残して。

「いい線行ってるのは本当なんでしょうね⁉」

 人込みに紛れて小さくなっていく背中に吠える。

 その声が聞こえたらしい菖吾は、けれど片腕を上げてひらり。ひとつ手を振っただけで、蓮実にはそれが肯定を意味するものなのか否定なのか、よくわからなかった。

 この前の「また会えるといいな」とは、こういう意味だったのだ。ぎゅっと唇を噛みしめて怒りをこらえながら、蓮実はその場で思いっきり地団太を踏んだのだった。


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