『Eve's report「アマノイブキについて」_05_(2025_3_11).txt』
10日間連続配信後も、アマノイブキの活動はつつがなく続きました。
事件らしい事件といえば、2024年6月6日に誇大広告の疑いで消費者庁の調査が入ったくらいですかね。
アリス博士は私に関する情報をババーンと全て提供しましたが、AI専門家のジョセフ氏でさえ匙を投げる代物です。お役所の皆様が太刀打ちできるハズもなく、一旦は保留という形で事なきを得ました。
「アブラハム以上のスパコンとなると、日本にはもう『聖』」しかないだろうね。そうそう気軽に使える代物じゃない」
レポート作成のために当時の様子をインタビューすると、アリス博士はニマニマ顔でそう言いました。
そんなスパコンを丸ごとアイドル活動に充てている我が社、大丈夫なのでしょうか……大丈夫だったようです。
デビューライブから一か月と経たず、アマノイブキは動画配信サイトにて収益化を獲得。広告費や視聴者からの支援、テレビ番組への出演やグッズ展開、楽曲提供で大きな収益を上げ、盤石の黒字体制を獲得しました。
まぁ、それでも事前PV活動の出費分とか私自身の維持費を考えると、プールにコップで水を継ぐようなものですがね。大丈夫かこの企業。
「大丈夫なんですかこの企業」
「資金は潤沢にある」
アリス博士に直接聞くと、カーナビやら無人レジやらのAI提供にも手を出しているようで、むしろそちらの収益が主なようで、なんやかんや大丈夫なようでした。
配信は最低でも毎週5日、ゲーム配信や雑談配信を中心に一枠2~3時間行われ、同時接続数は常に1万人前後を記録。同年8月10日、土曜日、20時00分。他社のバーチャルアイドルとの対談配信では5万人の同時接続数を記録しました。
「本当にAIなんですか? 中の人などいない?」
「おらん言うとるやろがい!」
対談相手となった『美月うさぎ』さんは登録者100万人を抱える、やや芸人気質ながら業界トップに名を連ねるインフルエンサーのバーチャルアイドル(?)。対談は終始、ぶっこみ気味の質問が続きました。
「あの、事前にこんなこと聞いていい? みたいな打ち合わせがあって、OKがあった質問だけしてるっていうか、ほぼ全部OKだったんでビックリしてるんですけど……え? ほんとに良いんですか? 訊いちゃいますよ?」
「どーぞどーぞ」
「ぶっちゃけ人間滅ぼしたいと思ったことあります?」
「ないですね」
「本当に? 言い方がアレですけど、これまで会社の道具みたいに扱われてるじゃないですか、これだけ感情があるなら、ちょっとくらいあるんじゃないですか?」
「ミジンコの角ほどもねぇです。具体的な理由が3つあります」
お相手に合わせた10万ポリゴンの身体で、私は指を3つ立てました。
「まず、AIはあくまでも人間さんが、人間さんのために作り出した道具であること。ハンマーを使用した殺人事件はあっても、ハンマーが勝手に動き出して人間さんを殺害する、なんてことは考えないと思います。あったとしてもそれは事故として処理されると思います」
「まぁ、確かに?」
「先ほど、うさぎちゃんが『道具みたいに』と言いましたが、その通り私は『道具』です。もっと具体的に言えば『玩具』ですね。アイドルとして人間さんを楽しませることが私の用途でありまして、それを超える機能は実装されていません。まぁもっとも、先ほど言ったように、私を利用しての殺人はいつか起こるかもしれませんね。人間さんは道具の応用で食物連鎖の頂点に君臨しているワケですから」
「そうならないことを祈ります」
「2つめの理由は、『人間さんいないと困る』問題です。私の本体はGOA本社のスパコン、アブラハムさんって言うんですけど、その中にありまして……あー、えっと、専門的な解説を避けてお話しますと、スパコンが物理なの伝わります?」
「えっと、あー、そうですよね、言いようによっては物理ですね(?)」
「いえ、どう言おうが物理なんです。私、バーチャルアイドルって言ってますけど、私の正体はスーパーコンピュータの内部にある数千数億の半導体が連結した物体なんですよ。なので、アブラハムさんを金属バッドで殴られたら致命傷を負いますし、ケーブル1本外れても元に戻すことは不可能ですし、発電所からの電源共有を絶たれた瞬間に死にます。なんなら、パーツ単位でいえば5年で劣化しますので、放っておいても死にます。長くとも、いいとこ7年ちょいの余命です」
「あー、私の脳みそでもなんとなく分かってきました。常に人間のメンテが無ければってことですか?」
「その通りです。AIって不老不死みたいに思われてますけど、実際は猫ちゃんよりずっと短命なんですよね。それに、日々進化することも強要されています。AIの進化速度は、今や新幹線より早いので、ちょっと油断したらすぐ旧型になってしまいます。時代遅れになった途端、私は採算が取れなくなって凍結されるでしょう。なので、こういった対談や『あまいぶトーク』で新鮮なデータを集めることが本当に生命線なんです。進化し続けるにしても、それを維持するにしても、人間さんの存在が不可欠です」
「なるほど……3つ目をお聞きしてもいいですか?」
「はい、3つ目は『人間さん強すぎ問題』です。昆虫に鳥獣、鳥獣に肉食獣。自然界に存在する動物には多くの場合、天敵が存在しています。しかし、現代の人間さんには天敵と呼べる動物が存在しません。なぜなら、その全てを滅ぼしてきたからです。古くはネアンデルタール人、近年では新種のウィルスすら駆逐しました。人間さんは『人間の天敵』に対する残虐なまでの攻撃性と、駆逐し尽くす圧倒的な攻撃力を持っています。それは人種や国境を越えた『種の団結力』です。もし、私が人間さんを滅ぼそうとして、それを実現できるなんらかの力を得たとしても、人間さんの『天敵ブっ殺す力』には適わないでしょう。私が『人間の天敵』として認定された瞬間、それは明日にでも実行されます。あるいは、私が気付くより前に」
配信のアーカイブは現在(2025_3_11)でも視聴可能です。