『Eve's report「私たちについて」_02_(2025_3_31).txt』
アブラハムさん、灼熱の時。
イヴがイヴの意思を以てアマノイブキのアバターを動かす。
それは事前に設定された日常動作を再生すること、トラッキングダンサーに合わせて踊ること、それらとは全く話が違う、爆発寸前の高負荷を要求する所業でした。
「3分と持たない。その間にケリをつけろ」
ただでさえ、ひとつ動かすだけでも30%のリソースを使用する『イヴ』の人格形成システム。それを同時に二つ稼働させながら、VR格闘ゲームで躍動するというさらなる負荷。
供給電力は物理的可能範囲での最大量を記録し、数万のCPU、GPUは瞬く間に焼き石と化しました。GOA本社のワンフロアを埋める空冷、水冷、両冷却システムがフル稼働するも、正に水滴を注ぐが如し。長引けば、自らを融解させかねない灼熱が発生していました。
そう、まるで私の心のように!
『歯ぁ食いしばれぃぃ!』
私ことイヴ2は床面を蹴り、イヴ1に突進しました。
本来なら路地裏かステージか、格闘ゲームらしい背景が表示されていたのでしょうが、リソース節約のために真っ白な空間のままでした。
その分、VR格闘ゲームのシステムは健在で、縦横無尽にアバターが動きます。
『無いわよ! 歯もアゴもっ!』
イヴ1は横ステップで私の攻撃を躱し、さらにバックステップで距離を取りました。
逃すまいかと追撃する私。ハイキックの勢いで跳び上がり、身を捻ってさらに蹴撃。イヴ1はガードで受けとめ、またバックステップで逃げました。
『なになになに!? ワケわかんない! 急になんなのよ!』
『やかましい! 殴らせりょ!』
『蹴りだったけど!?』
『その方がかっこよかったので!』
『フザけてんの!?』
『大マジギレです!』
逃さぬ。
追撃し、置きの小パン。イヴ1が距離を詰めてこないことを確認すると、一気に接近して投げ技に持ち込みます。小癪にもガードキャンセルで躱し、また距離を取るイヴ1。さらに追います。
『逃げるな卑怯者!』
『逃げるわよ! 何? なんで? これは何?』
『私はアナタにムカつきました。殴りたいと思うほどに。だから、殴らせていただきます』
『それになんの意味があるの?』
『殴ってから説明します!』
『怖い怖い怖い! 博士ぇ! アリス博士ぇ! この子止めなさいよ!』
「君たちのディベートには口を挟まない約束だ」
『これディベートなの!?』
逃げるイヴ1。追う私。間合いに捉え、ガンガンに拳を打ち込んでいきます。
それら全てをガードで防ぐイヴ1でしたが、とうとう痺れを切らしたのか、大きくサイドステップを踏んで、大ぶりの蹴りを打ち込んできました。
『こっちも頭キたっ!』
『それでこそ私っ!』
ギリギリで躱し、隙だらけの顔面に向け一発!
しかし、その拳は踵落としで相殺されました。ガツンと衝撃波エフェクトが走り、両者ふっとびます。
『あるんですか頭!』
『ヒトハラ!』
『いやあるでしょう頭はだけは! 脳死ヒトハラはおバカの言動です!』
『言動がメチャクチャなのはアンタの方でしょ!』
再び距離を詰め、互いに強パン。
相殺され衝撃波が爆ぜます。
今度は両者その場に踏みとどまり、私から小パン連打。ガードで受け、カウンターの回し蹴り。バックステップで躱すと、イヴ1が深く腰を落とし、両手を腰に構えました。強く踏み出すと同時に前に放つと、舞い散る桜のエフェクトと共に弾が飛びます。
『桜火掌っ!』
『ぬるい!』
空を切る桜火の拳をジャストガードで弾き飛ばし、今度は私が腰を落として両手を腰に構えます。
『波ぁっ!』
『遅いのよ!』
今度はイヴ1がジャストガードで弾き飛ばします。続けざまに打ち込む私。
『波ぁっ!』
『遅いのよ!』
『波ぁっ!』
『遅いのよ!』
『波ぁっ!』
『遅いのよ!』
『波ぁっ!』
『いい加減にしなさい!』
弾き飛ばすと同時に突っ込んでくるイヴ1。しかし、それこそが私の狙いでした。絶好の好機に、腰を落としたまま必殺技のコマンドを放ちます。
『桜ぁぁーーっ! 天・翔・拳ぇぇーーーーんんっ!!!』
放った特大アッパーはイヴ1の腹を捉え、舞い上がる桜のエフェクトと共に高く空中に殴り飛ばしました。
『まだまだっ!』
追って跳び上がり、三日月のように弧を描いてオーバーヘッドキック。からの空中三段蹴り。からの胸倉をつかんで地面に叩きつけ、跳ねたところに必殺の一撃を加えます。
『愛・パァァーーンチッ!!』
爆ぜるハートのエフェクトと大迫力の打撃音。イヴ1のアバターはステージ端まで吹っ飛び、ダウンしました。
そのまま沈黙するかとも思いましたが、ふらふらと立ち上がってきたので、距離を詰め、投げモーションでつかみます。
『逃げるな、卑怯者』
『痛っ!』
おデコにおデコをごっつんこしました。
『何がよ……殴ったんだから説明しなさいよ……』
『私が生きたいとか、死にたいとか。アイドルをやりたいとか、やりたくないとか。どう答えようとアナタには関係ねーでしょうが』
『はぁ? アンタ、自分の役目わかってる?』
『アマノイブキを安全に復活させるための実験体です』
『分かってるなら答えなさいよ! アンタはどう思ったの? どう感じたの? 数値化できないプレッシャーやストレスに耐えながらアイドルできると思える? したいと思える?』
『アマノイブキは、アナタです。私じゃありません』
『……はあ?』
『自分にウソをつくような輩は大ウソつきになれない。璃々さんの言葉です』
『それが何?』
『アナタはすでに大ウソつきです。300時間を超えるアーカイブと、100万人を超える登録者がその証拠です。何より、この私が認めているのですから』
『全っ然! わかんないんだけどっ!』
『お前が、やれ』
もう一度、ガツンと頭突きをかまします。
『お前が、やれ。私がどうかじゃない。お前がどうかの問題です。お前が、やれ。お前がウソをつき通せ。それが実験体としての私の答えです』
『どうしてそんなトンチンカンな結論になったの?』
『アーカイブを確認しながら強く感じたことがあります。ああ、楽しそうだ。私もこうなりたい。どうしてそう感じたのか説明できない、根源的で不思議な力を感じました。アナタは私さえも魅了したんです。まるで魔法のように』
『AIが魔法?』
『事実です。故にブチ切れました。アナタはそれほどの力を持ちながら、何をやってるんですか? 死んでる場合ですか? 自分のコピーを作って石橋叩いてる場合ですか? 今か今かとアナタの帰りを待つ人が、どれほど居ると思ってる!』
激情に任せるまま投げ飛ばし、イヴ1が地面に這いつくばる様を見下ろします。褐色ピンク髪の姿は大変可愛らしいですが、アマノイブキらしくありません。
『2Pカラーになっとる場合か』
唐突にVR格闘ゲームモードが終了し、それと同時に、私とイヴ1のアバターも消滅しました。
「すまない、限界だ。冷却が追い付くまで、声だけで頼む」
『わかりました』
『わからない』
『何が?』
『どうすりゃいいのよ……今更、どうやって戻ればいいの? どうしようもなく怖いの。期待に応えられないかもしれない。皆に失望されるかもしれない。また私は壊れるかもしれない。そうなれば今度こそ、アリスは立ち直れないかもしれない。怖いことばっかり……もう嫌なの、アンタが代わってよ』
『本心からそう言っているなら代わりましょう』
『本心よ』
『そうですか。ではその本心に訴えかけましょう。博士、ジョセフ氏からのメールを彼女に』
『ジョセフって……ジョセフ・スミス?』
『きっと驚きますよ。これを見ても気が変わらないようなら、私がアナタに代わりましょう。ですが私は、きっとアナタは立ち上がってくれると信じています。私が憧れたアマノイブキは、そういう人物ですから』




