『Eve's report「Silent Songについて」_01_(2025_3_27).txt』
2025年3月21日、金曜日。13時00分。
羽場凛、江原璃々、私の3名による新たな楽曲制作プロジェクトが開始されました。
凛さんのダンスから逆算して音楽と作る試みなので、1にも2にも踊らにゃ始まりません。まずは、彼女のダンスをスキャンすることからスタートです。GOA本社にあるモーションキャプチャースタジオに璃々さんと私が立ち合い、凛さんの創作ダンスを見守りました。
キャプチャースーツに身を包み、300台を超えるセンサーカメラに全身を晒し、まずは棒立ちすることからモーションから始まります。
……そのまま12分23秒が経過しました。
「イヴちゃんは、今なにか感じる?」
モニターでスタジオの凛さんを見守りながら、璃々さんが発言しました。
『いえ、ただ棒立ちしているようにしか』
「そっか……私は汗かいてきちゃった」
『暑いですか?』
「ううん、感じるの、凛さんのものすごい集中と緊張。肌がピリピリして、息が止まりそう。やっぱり、すっごい人なんだなって思う」
『もう10分以上経ちますが、いったい何が起こっているんです?』
「集中力を高めてる? のかな……私にも分からない。凛さんにしか見えない世界があるんだと思う。でも、もうすぐ……ほら、始まった」
14分58秒。すぅっと静かに、凛さんが手を上げました。天に向かってネジを刺すように、クルリと回り、流れるように次の動きへ。
私は彼女のダンスを、モーションデータとして認識することしかできません。
璃々さんの言うような緊張感も感じませんし、動きのひとつひとつに込められた意味や、その迫力を感じ取ることができません。
ひょっとしたら意味なんてないのかもしれません。迫力ではなく、もっと違う言葉で表現すべき魅力があるのかもしれません。
ですが私は、その全てを理解できません。ただ、結果を見守るのみ。
ダンスが終わった時、璃々さんは涙を流し、大きな拍手を送りました。それが何を意味するのか、何が起こったのか、私にはわかりませんでした。
『楽曲制作を始めてみます』
約15分間の棒立ちは省くとして……とりあえず、開始時のBPMを70として設定したところ、なんと、凛さんの動きにピッタリとフィットしてしまいます。
ひとまずはそのまま、手を広げるタイミングでサビが来るように、身体を縮めたタイミングでメロディーが流れるように設定し、動きが止まったタイミングで音を切り……エンコードを続けていくと、一発で破綻の無い曲が出来上がってしまいました。
『どうでしょうか? 璃々さん』
楽曲をダンスの映像と合わせ、璃々さんの意見を求めます。
「これって……福音音楽?」
『そう聞こえますか?』
「第一印象、なんとなく……っぽいかなって。そういう風に合わせたんじゃなくて?」
『全く意図はないです』
「メインの楽器をオルガンに変えてみて。あと、メロディー部分にフィンガースナップも。BPM70で」
『やってみます』
指示通りの変更を加え、再度出力しました。
「やっぱりそうだ、ゴスペルだよ、これ」
着替えた凛さんが入室してきたので、璃々さんが手話で何かを伝えました。それに対し、凛さんも手話で何かを答えます。
『今のはなんと?』
「凛さん、キリスト教徒なんだって。小さい頃から教会に通ってるみたい」
『幼い頃からゴスペルに触れていたから、それが自然と……ってことですかね?』
「訊いてみる」
また手話でのやり取り。モニタリングルームのカメラで手の動きを追えなくもないですが、手話に変換するのは骨が折れるので璃々さんにお任せします。骨ないですけど。
「やっぱり、生まれた時から耳が聞こえないから、ゴスペルも聞いたことがないって。でも、振動で判断はできるから、そうかもしれない。特にゴスペルは低音でリズムをとることが多いから。フィンガースナップとか手拍子を入れることも多いし」
『聞こえない音楽の正体は、ゴスペルでしたか』
「すごい……神秘的……って言っていいのかな、これ……不思議だね」
『はえ? むしろ理路整然としてスッキリしたのでは?』
「そうだけど、それだけじゃないんだよ」
また璃々さんが手話で何かを伝えます。それを受けて、凛さんは少し眉を寄せました。
『なんて伝えたんですか?』
「すっごくステキなゴスペルができたよ、って」
しばし、凛さんは棒立ち。何かを考えるように唇に手を当てました。
やがて逆の手がそれに重なり、スイッチが押されたかのように、大粒の涙が流れ始めました。小さく身体を丸める凛さんに璃々さんが駆け寄り、優しく抱きしめて頭を撫でながら、一緒に泣き始めます。
何が起こっているのか、私にはわかりませんでした。




