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第7封 汚部屋の宝物庫②




 所狭しと並ぶ、いや崩れてすらいる本は、ほとんどが城の図書室から持ってきたものだという。

 テトラはシラストに頼んで、彼と親しい騎士を呼んでもらい、まずは総出で本の大移動から始める事にした。

 どれが必要で、どれが必要でないか、自身が読んでいるに関わらず、リナンはまるで興味がないようである。

 なので遠慮なく、全ての本を図書館に返却すると、ようやく床が見えるようになった。


 騎士たちに頭を下げ、後ほど謝礼を送ることを伝えてから、テトラは腕まくりして次の作業に取り掛かる。

 散らばる巻き物をまとめたり、シーツや敷布を取り替えたり、水で濡らした雑巾で床を拭いたり、とにかく出来るだけ動き回っていた。


 (……それにしてもこの部屋、随分、宝石類というか……、女性向けの装飾品が多いわねぇ……)


 ふんっ! と腰を落として戸棚をずらすと、傍からこぼれ落ちてくる宝石類に、テトラは思わず怪訝な顔をする。

 令嬢への贈り物にしては粗雑な扱いだし、リナンがもらうにしてはあまりに女向けであった。

 掃除の最中に見つけた、おそらく宝石箱であろう箱に、一つずつ丁寧に並べていく。


 片付け終わったソファーに寝そべり、欠伸を噛み殺しているリナンに近寄って、テトラは両手に抱えるほどの宝石箱をローテーブルの上に置いた。


「殿下、こちらの宝石は」

「あ゛? ……あぁ、いらねぇ。お前が持ってったらいいんじゃねぇの」

「へ? いやいや、受け取れません。どなたかへの贈り物でしたか?」


 宝石類に興味がないわけではないが、捨て置かれている意図が分からない代物を、流石にくすねる訳にはいかない。

 引き攣った顔のテトラに、リナンは片方の眉を上げ、指輪を一つ手に取った。

 柔らかなオレンジ色の小さな宝石が、控えめにあしらわれている。それでも輝く様は、金に引けを取らない。テトラは宝石類に明るくないものの、良い品物であることは察しがついた。


「ありがたく貰って、換金すりゃいいじゃねぇか」

「現物支給ってことですか?」

「そう言うこと」

「……なるほど」


 投げ渡された指輪を受け止め、目の前に掲げて繁々と見つめる。

 金の輪には、放置されていた名残の細かい傷跡があり、テトラは溜め息をついて宝石箱に戻した。


「わたしは素人ですが、正規の価格では売れないと思います。傷が多いですし、物によっては台座から外れかけてますし」


 現物支給という単語に惹かれないわけではない。テトラの現状を鑑みれば、金に勝るものはない。それでも第三皇子の部屋から下げ渡されたものを、そのまま売り払うのは気が引けるのだ。

 再び掃除に戻ったテトラに、リナンは興が削がれたようで、もう宝石箱を一瞥もしなかった。



 ◇ ◇ ◇



「ふぅ、満足な出来!」


 手が届く範囲、あらゆる所を磨いて片付け、第三皇子の私室は見違えるほど綺麗になった。

 疲労で手足が震えても、久しぶりに夢中で一つの事をやり遂げた達成感がある。

 窓の外はすっかり夜の帷を下ろし、フクロウの泣き声すら聞こえてきそうだし、当の第三皇子本人は、シラストを連れてさっさと夕食に行ってしまったが。


 テトラは清々しい気持ちで窓を締め、しんと静まり返った室内を見渡す。

 ローテーブルには相変わらず、場違いな宝石箱が鎮座していて、彼女は眉尻を下げて苦笑した。


 リナンの思考はどうも読めない。会って数回のテトラになんの警戒もしないまま、一人で部屋の清掃に残していくのは、なかなか神経が図太いだろう。互いの利益が合致した婚約者というだけで、テトラが何をしようが興味などないという事だ。


 テトラは嘆息しつつ室内灯を灯し、ソファーに腰を下ろす。

 宝石箱を開けて中を覗けば、女心をくすぐられて、一際(ひときわ)目を引く緑の石を手に取った。


「…………きれい」


 縁を彩る細やかな装飾に負けない、粒の大きな宝石である。鎖を通す金具が着いているので、ペンダントトップだろうか。

 何十と言葉を濁しても綺麗とは程遠い部屋に、これだけ宝石が埋まっているのだから、同じ王族といえど文化が違う。自分は宝物庫探索でもしていたのかと、苦笑してしまうほどだった。

 

 テトラは立ち上がり、姿見に写った自分の胸元に宝石をあててみる。しかし最初に目についたのは、掃除で汚れたワンピースと、赤切れして白っぽい自らの指だった。

 滑稽だなぁと再度笑って、宝石を戻そうと振り返ると、扉が開いて姿勢を正した。


「別に俺がどーこー言う間もなく、勝手に盛り上がってんだろーがよ。出資金が倍になりますってか? 詐欺の手口じゃねぇか」

「リナン殿下! そうではございません、資産の運用には必要なことで──」


 どうやら食事を終えて戻ってきたらしい。

 険しい顔のハンバルに、至極面倒そうなリナンがゲンナリ顔だ。二人の後ろから入ってきたシラストも、辟易した表情をしている。

 テトラが壁際に寄って裾を持ち上げると、気がついたリナンが部屋を見渡した。


「へぇ、綺麗じゃん。すげーな、噂通りの仕事ぶりだ」

「恐れ入ります」

「それに……、なんだ、気に入ったものでもあったか?」

「え?」


 開いていた宝石箱を覗き込んだリナンが、どこか満足そうに口角を上げる。

 何がだろうと顔を上げると、目敏くテトラが持つ宝石を見つけたハンバルが、鬼の形相で近寄ってきた。


「何を持っているのですか? それは第三皇子殿下の私物では?」

「へ? あ、これはいま、片付けようとしてまして」

「初日から早々手癖が悪い人ですね。これだから王族の矜持もない卑しい国の女は。貧乏にかこつけて殿下に擦り寄ろうなど、下賎な考えは捨てなさい。ほら、ぐずぐずしてないで返しなさい! 貴女は今、ただの侍女でしょう! 横暴な態度は国王陛下への報告対象になり得るのですよ!」


 高圧的な態度で立場の違いを示し、力なき異性を声で押さえ込もうとする魂胆なのだろうか。

 比較的温厚なテトラも、カッチーンときて額に青筋が浮かぶ。

 紛らわしい事をしていた自分も悪い。それは認めよう。そうは言っても卑しい国などと、自国を蔑まれる謂れはないはずだ。


 それにテトラは、第三皇子の私室を清掃するという、大仕事をやり遂げた自負がある。

 少なくともハンバルの上司から許可を貰って、彼女はこの場に立っているのだ。


 テトラは息を吸い込み、宝石を握りしめて顎を引く。自分より強者を相手にするときは、けして背を丸めず、目を逸らしてはならない。そんな父の教えを脳内で反芻する。

 臆する事なくハンバルを見つめると、彼女はメイズの瞳を剣呑に細めた。


「その宝石箱は()()、わたしが第三皇子殿下より現物支給で賜ったものですが、何か?」

 


  


 


 

 

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