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第4封 金のなる皇子さま③




 父がここまで言い切るのは、相応の理由がある。


 害虫被害に強い穀物を作りたい。だが、その元手となる穀物すら、害虫に食い荒らされ始めている。

 品種改良もままならず、最低限の輸出量も確保できない。

 まずは根本的に、害虫駆除が先決なのだ。


 ナンフェア王国は連邦()の国から、大量に散布可能な殺虫剤を買い求めたいのである。


「……ハルべナリア国で開発している、農薬の事ですね」


 青褪めた顔色のハンバルが、しかし無表情で視線を下げる。テトラと父は頷いた。


 世界一進歩していると言われる、技術大国ハルベナリア。

 そこでは最新の研究が進められていて、行商に来た商人からの情報によると、害虫駆除に使用する薬の輸出も手掛けているという。

 だが、高い関税と高額な薬代に阻まれ、今のナンフェア王国では、逆立ちしたって購入できないのだ。


 だからテトラは、裕福な王子や公爵子息といった相手を、何とか探し当てたかったのだ。


「もしかしたら、我が国と貴国とでは、認識の齟齬があるのかもしれませんね。我々がこうして衣類を整えて来訪するのは、()()、なのです」


 父はテトラを見下ろし、胸元に一つだけ身につけた宝石を目に留める。


「薬の購入資金もですが、娘や息子のデビュタントも控え、国民の生活資金も必要で、城も換金したんですよ」

「し、城、ですか?」

「はい。城壁に使用している石が、なかなか珍しい石だったようで。良い値段で買い取って頂けました」


 王国へ迎えに来たギンゴー帝国の使者が、呆気に取られていたのを思い出す。

 王家は現在、こじんまりとした屋敷に移り住み、共に来てくれた料理長と馬屋番と共に、節約しながら生活しているのだ。


「我々が提供できるのは、テトラの器量だけです。第三皇子殿下に見合う物も、この婚約に準備できる物も、正直に申しますとありません。それでも殿下が、侍女としての役割を果たしてくれれば良いと、そう言って頂けたと聞いております。ですから我々は、最低限の()()を張ろうと、こうして馳せ参じた次第です」


 父の表情は、ゆったりと構えて変わらない。

 しかしテトラは父の、肘置きを握る指先に血管が浮くほど力がこもっているのを、確かに視界の端で見ていた。


 返答に窮したハンバルに、リナンが大きなため息をつく。


「……私の従者の発言で、国王陛下にご不快な思いをさせましたこと、この場で謝罪いたします」

「許します」

「ハンバル。クソみてぇな戯言くっちゃべってないで、さっさと準備しろ」


 唐突に言葉が崩れて面食らったものの、ハンバルは肩を跳ねさせた。

 彼はおそらく、この婚約に納得していないのだろう。分かりやすくテトラを一瞬睨むと、近衛騎士が小脇に抱えていた封書を受け取り、中から書類を取り出す。

 巻物状の、動物の皮を鞣したそれを開くと、置き石を乗せながらテーブルに広げた。婚約に関する取り決め書のようである。


 リナンは約束してくれた通り、侍女や使用人を派遣してくれるようだ。それに給金も帝国が払うと明記されていて、非常にありがたい。

 何かと入り用な出資金も、リナンとテトラで協議の上だが、上限を設けず援助してくれるという。

 いくつか問いかけ、それにハンバルが事務的に答える、という擦り合わせ作業を行えば、テトラは父と顔を見合わせ微笑んだ。

 思っていた以上の高待遇だ。これなら薬の購入も夢ではない。


 サラサラと署名する彼女の手元を見つめ、リナンが微かに何かを呟いた。

 テトラが聞き返す前に、さっさと書面を取り上げたハンバルが、一礼して部屋を去っていこうとする。神経質そうな見た目に反し、全く直上的な男であった。


 しかし即座にリナンが呼び止め、彼はハンバルが持っている封書を奪い、中から適当に紙を出す。


「テトラ第一王女殿下には規定通り、まずは私の侍女として来てもらいますが、そのご様子だと準備も必要でしょう」

「……? ええ、まぁ」

「ギンゴー帝国には、各国から様々な行商が訪れています。数日滞在する間、準備資金にお使いください」


 訝しむ父に、リナンは綺麗な筆跡で数字を書き、紙を回して二人に差し出した。

 そこには、ちょっと桁数を間違えたのでは? と心配になる数字が書いてあり、目を白黒させながらテトラは凝視する。

 侍女として務める際の準備金だと彼は言うが、どう考えても色が付きすぎていた。

 ハンバルでさえ絶句して、数字と皇子を交互に見ている。


「まぁ、働きに対する前金とでも思ってください」

「前金……ですか」

「帝国は貴国のように、穏やかに過ごせる場所ではありません。第一王女殿下が暮らすにあたり、ご不便もあるでしょう」

「それは……」

「私では及ばない立場もありますので」


 言葉だけ聞けば労りのようにも聞こえるが、肩をすくめる仕草は、面倒ごとはゴメンだと示すようだ。

 ナンフェア王国の侍女業はテトラ一人で、リナン第三皇子付き侍女も彼女一人だ。しかしギンゴー帝国の城には、多くの侍女が勤めている。

 王家に仕える侍女とは即ち、相応に高位貴族の令嬢という事だ。


 テトラは唾を飲み込み、不躾ながらリナンを見つめる。彼の顔には間違いなく、面倒は自分で対処しろと書いてあった。

 それはまさに、前金を受け取った瞬間から、一歩前の世界には戻れないことを示唆している。


 きっとこの先、思いもよらない出来事が、テトラの前に立ち塞がるのだろう。

 それでも、こんな大金を端金だと言わんばかりの相手である。テトラこそ齧り付いてでも放す気はなかった。

 

 細い両手を伸ばして、数字の書かれた紙を受け取る。

 彼女は強い意志を持って、口元を笑みの形に持ち上げた。


「お気遣い、ありがとうございます。必ずご満足頂ける働きをしますね!」








 

 


 




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