七 落花(二)
血が噴き出る。
赤い雨が辺りに降り注ぐ。
「ひめ、さ…………」
阿良丸が、ごぼり、大きく血を吐いた。最期になにを言ったのか、桃子には聞き取れない。
「阿良丸────」
桃子を庇うようにして、阿良丸が斃れた。地響きのような轟音を伴って、その鬼は物言わぬ骸と化した。辺りに血溜まりを残して、桃子を遺して、逝った。
桃子は唇を噛み締めた。
これが戦の常だ。いつも覚悟はしていた。だが、だからといってなにも感じないわけにはいかないのだ。戦場での死に何も感じぬほど、桃子は年月を重ねていない。
それでも頭領として、彼の主人として、涙は見せない。
「……まこと、我が元によう来てくれた、阿良丸よ」
──お主がいたから進めた道だ。
──けれど、すまぬ。お主の願いは聞いてやれそうにない。お主のおかげで、私は一人ではないのだから。
桃子は桃太郎に向き直る。その瞳にあるのは純粋な怒りだった。
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「……罪とはなんだ、人の子よ」
罪を罰するために来たと人間は言う。ならばその罪とはなんだ。
「生きるとはすなわち奪うことぞ」
他の生命を奪い、食らい、生き永らえる。それは生きとし生けるもの全てが例外なくそうなのだ。人の子も、鬼の子も、その他全ての動物の子であっても例外はない。だから桃子には理解ができなかった。
何故そこまで怒るのだ?
何故そこまで憎むのだ?
それが自然の理だというのに。
無論、多少の恨みはわかる。悲しみもわかる。敵討ちも理解できぬわけではないし、現に鬼たちの中にもそういった考えはある。
しかし、だからといって相手を淘汰しようなどとは。動物に蹴られたからと動物を悉く殺すのか。海で溺れたからと海を枯らすのか。
「主らが魚を食らうのと何が違うのじゃ。主らが鳥を狩るのと何が違うのじゃ。人は良いのか? 鬼は悪いのか? カカカ、まさか、動物は食われても良いが己は食われたくないと言うのではあるまいなあッ!」
桃子の蹴りが太刀の峰に入る。細かなひびが走ったのは、太刀の方である。桃子はすかさず薙刀を振り下ろしたが、そちらは避けられてしまった。舌打ちが響く。
「我々も主らと同じよ。我らとて、生きるためにやっていることじゃ。食わねば死ぬは道理じゃろうて」
「同じであるものかよ!」
桃太郎が吠える。
「お前たちに襲われた村々を見て来た。お前たちが食った人々の遺された家族と会って来た。生きるための行為だと? あれの何処が我々と同じだと言うのだ!」
「同じよ。お主ら、肉を食わんのかえ。草も食わんのかえ。一切命は食わぬと申すのか?」
「戯言を……」
「お主たちが食ろうた魚や実りに感謝こそすれ、殺した命の分だけ死ぬとでも言うのか? 食ろうた命に相応の償いをしておるとでもいうのか? 食わねば死ぬ、食われれば死ぬ、命を貰い生きるのが自然の道理ではないか──ああ、お前らがとんと分からぬ、分からぬのだ、桃の小童」
「我らの居場所を破壊し奪ったのは鬼だ!」
「我らの場所を奪ったのもまたお前らぞ! 主らが城を奪い返すため戦うのと同じと心得よ!」
「なれば殺生すらも厭わぬと申すのか!」
「あはははは! 愚か愚か、主の今しているこれも殺生じゃろうて!」
「殺生結構、これは鬼たちに弄ばれた者たちの仇討ちだ!」
炎が舞う。
中を縦横無尽に二振の刃が駆け抜け、ぶつかり合う。
「人とはわかりあえぬな」
「鬼とはわかりあえぬ」
「なればこそ、殺し合うのじゃろうて」
双方、最初から理解する気すらないのだから。
遠くからも煙が上がる。
遠くから悲鳴が上がる。
桃子の夢が燃え尽きる。
それでも、桃子は脳裏に浮かんだ弟の顔に、淡く微笑んだ。
──紗紗よ、うまく逃げてくれたか。
──お主が生きてさえいれば、我が夢も無駄にはならぬ。
高い音が響いた。
桃子の薙刀が真二つに折れた音だった。牙を折られた獣は、なればと武器を捨て、爪を突き立てるが────。
「────嗚呼」
桃太郎の一閃が鬼姫の首を断つ。
鬼の城が、落ちた。